(前編)誰かのためにから自分のために より続く
新天地でのリスタート
別れは出会いの始まりでもある。
シャンソン化粧品シャンソンVマジックで新しい一歩を踏み出す決意をした大沼美琴は、李玉慈と出会う。シャンソン化粧品のヘッドコーチである。
李ヘッドコーチはシャンソン化粧品でプレーしたこともある元ポイントガードで、コーチに転身してからも、富士通レッドウェーブやシャンソン化粧品、韓国の女子プロチームなどを率いてきた。その彼女が2020-21シーズンから再びシャンソン化粧品の指揮を執ることになった。
今シーズンのチーム練習が始まったころ、李ヘッドコーチの言ったことを大沼は鮮明に覚えている。
「『みんなが家族だよ』って話を最初にされたんです。久しぶりの感覚でした。トム(・ホーバス。男子日本代表ヘッドコーチ)さんはよくそういう話をしてくれていましたけど、ヘッドコーチでそういう話をしてくれる人はあまりいなくて……。それだけじゃなくて、『自信を持ってやっている人はプレーもいいから自信を持ってやること』とか、『人を思いやること』とか、バスケット以外のこと……私生活という意味ではなく、人としての部分を李さんは大切にしてくれるんです。練習前の話を聞いていると、李さんの言葉にウルッときたりするんですよね」
選手としてはもちろんのこと、「人間・大沼美琴」としても大切にされる。そういった感覚が、新天地で多少の不安や緊張に硬くなっていた大沼の心をほどいていく。
むろん李はバスケットコーチとしても一流である。
静岡に移って、練習を再開できるようになった当初、大沼はシュートフォームを変えようと試みていた。ENEOSサンフラワーズ時代に築いて、結果も出ているシュートフォームだったが、ケガの影響は拭い去れない。右手にセットされたボールに下半身の力をしっかりと伝える。そんなシュートフォームだけに、ヒザへの負担は大きい。痛みも出る。ツーハンドに近い形に変えれば、ヒザの痛みも軽減される。
しかし、結果の出ていたシュートフォームをダウングレードさせるのは難しい。感覚もよくない。李ヘッドコーチに相談すると、こう言われた。
「ヒザは絶対によくなるよ。リト(大沼のコートネーム)は元々きれいなシュートフォームで打てているから、フォームを変えないでやっていこう」
ENEOS時代のシュートフォームに戻し、その上で李ヘッドコーチのアドバイスを加えてみた。すると見た目こそ大きく変わっていないが、感覚的にアップグレードしている。痛みも少ない。復帰して数ヶ月、今はまだ本数もたくさん打てていないし、エアボールさえ飛び出す始末だが、感触は間違いなく、いい。
「李さん、マジすごいです。本当にすごい!」
その言葉と同時に、大沼の表情が明るくなる。