※本記事はバスケットボールスピリッツのWEB化に伴う、2018年7月末発行vol.23からの転載
『ベストトランスファー』とは、移籍したチームでもっとも輝いた選手に贈る賞である。『移籍』には当然のごとく大きな決断を要する。長年慣れ親しんだ、あるいはようやくアジャストしてきたチームを離れ、向かう新天地が果たして自分を生かす場所となるのか?心機一転を目指す“希望”の裏にはおそらく幾ばくかの“不安”が潜んでいるに違いない。
そんな中、新たなチームで確固たる存在感を示したのが、ギャビン・エドワーズ(シーホース三河→千葉ジェッツふなばし)、永吉佑也(川崎ブレイブサンダース→京都ハンナリーズ)、喜多川修平(琉球ゴールデンキングス→栃木ブレックス)だろう。いずれも甲乙つけがたい活躍だったが、今回は初のベスト3P成功率王受賞を讃える意味も含めプロ10年目の喜多川を選出した。
専修大を卒業後、アイシンシーホース三河に入団した喜多川は7年(2008年~2014年)の在籍期間を経て、2015年にbjリーグ琉球ゴールデンキングスに移籍、Bリーグが開幕した2016年を含め2年間プレーした。プレータイムを得るために4年近くかかった三河時代、これまでと真逆なスピーディーなバスケットに慣れるまで苦労した琉球時代。だが、振り返れば、その全てが自分を育てるための貴重な経験だったと思う。昨シーズン栃木ブレックスに移籍した際の第一声は「自分の経験値をこのチームで生かしたい」だった。
栃木は衆知のとおりBリーグ初代王者に輝いたチーム。が、そこから古川孝敏、須田侑太郎、熊谷尚也、渡邉裕規(のちに復帰)などの選手が抜け、2年目にして大きく様変わりした。「主力クラスが抜けたことを心配する声は確かにありましたが、移籍して来た者として今年の栃木は“弱くなった”と言われるのは嫌でした。新たな戦力として、自分の武器である3Pシュートで勝利に貢献したいと思いました」。強豪揃いの東地区での戦いは厳しく、チャンピオンシップ進出に黄信号が点ることもあったが、喜多川は有言実行の働きでワイルドカード奪取の一役を担った。3Pシュート成功率41.7%という数字は、新天地における仕事人ぶりを示していると言っていいだろう。
だが、本人のコメントは「周りがしっかりスクリーンをかけてくれたり、いいパスを出してくれたおかげです」と、いたって謙虚。それを聞きながら思い出したのは、開幕前に竹内公輔が語っていたことばだ。「僕はアイシンで修平と一緒にプレーしましたが、あいつは本当に性格がいい男。もしBリーグに“性格がいいで賞”というのがあったら、間違いなくあいつが受賞します。そんなあいつとまた一緒にプレーできることが嬉しくてしかたないんですよ」――すぐにチームに溶け込み、仲間たちから愛される。3Pシュートと並ぶ喜多川の武器は“リーグ随一の性格の良さ”なのかもしれない。
文 松原貴実
写真 吉田宗彦