実は、水野菜穂には昨シーズンの時点で現役引退という選択肢もあった。山梨クィーンビーズの一員としてWリーグに足を踏み入れて5シーズン目、「山梨でプレーするのはこれで最後にしよう」ということは決めていた。
もし手を挙げてくれるチームがあれば、と考えていた水野にオファーを出したのが東京羽田ヴィッキーズ。「もともと山梨にいるときからすごく意識はしていた」というチームから声がかかり、水野は移籍を決意する。明星学園高の先輩である本橋菜子や、生年月日が同じで高校時代から互いを知る奥田花、東京医療保健大の後輩の津村ゆり子など、縁のある選手が多い東京羽田のユニフォームを着ることは、ある意味では運命だったのかもしれない。
その水野が移籍後初めて古巣と対戦したのが、1月2日と3日の代々木第二体育館。東京羽田は選手7人が新型コロナウイルスの陽性判定を受け、療養期間が明けたばかりだった。2日の試合は粟津雪乃のブザービーター3ポイントでオーバータイムに持ち込んだものの、「言い訳になっちゃうんですけど、コロナ明けで練習がほぼできなくて、体力的なところはすごく心配でした」という萩原美樹子ヘッドコーチの不安が的中し、1点差で落とす結果となった。
水野も「正直、体の部分ではしんどかった」と吐露するが、一方で自身にとっては思い入れの強い相手でもあり、気持ちを奮い立たせてこの2試合に臨んだという。
「移籍してきて山梨とゲームをすることになって、やっぱり負けたくないし、勝たなきゃいけないゲームだと思って臨んだので、1試合目で勢いに乗ったところから勝ちきれなかったのはすごく悔しい負け方でした。どうやってモチベーションを上げたかって言われると……やっぱりただただ気持ちで戦ったというか、負けたくないっていう気持ちと、山梨を離れて成長したところを見せたいっていう、その気持ちの持ち方だけだったのかなと思います」
翌3日の試合は立ち上がりから試合を優位に進め、鷹のはし公歌が26得点、尾﨑早弥子が19得点、ルーキーの樺島ほたるが9アシストでいずれもキャリアハイ。故障明けで今シーズンのリーグ戦3試合目の出場となった髙原春季も10得点でチームの勢いを加速させ、接戦だった前日から一転して84-65という会心の勝利だった。ここまで全試合でスターターを務めている水野も、樺島と鷹のはしに次ぐ28分40秒の出場で7得点4アシスト。ディフェンスやボックスアウト、ルーズボールなど水野らしいハードワークを徹底し、連勝をと意気込む古巣に対して意地を見せた。
「今日は絶対に気持ちの部分で負けないようにと思ってゲームに入りました。チームとしてもリバウンドとディフェンスの強度を再確認して臨むことができて、それを表現できたのが勝ちにつながったのかなと思います」
繰り返しになるが、古巣である山梨は水野にとって特別なチーム。移籍初年度の対戦はどちらのホームでもないニュートラルゲームだったが、地域密着型のクラブチームでプレーを続け、ホームゲームの良さを知っている水野は笑いながら「本音を言うと山梨でやりたかったです」と語る。
「凱旋したかったです(笑)。ファンの方も山梨からだとなかなか来られない人もいますし、会社でお世話になった方も山梨にはいっぱいいるので、そういう方々に自分が成長したところを見せたかったなというのはありますね」