Wリーグ2017-2018シーズンのプレーオフ・セミファイナル。トヨタ自動車アンテロープスを逆転で破って4年ぶりのファイナル進出を決めたデンソーアイリスの小嶋裕二三ヘッドコーチは、試合後の記者会見で「今年はまさかここまで来られるかどうかというなかでスタートして、選手たちの奮闘があってここまで来られたと思います」と語った。1月におこなわれた皇后杯でもファイナルまで勝ち上がっているデンソーだが、今シーズンは苦しいシーズンになることも十分に考えられたと、指揮官自らも認めるのである。その理由の1つが3人のベテラン選手が現役を引退、もしくは移籍し、7人もの新人が加わったからだ。つまりロスター15人のうち、約半数が新人なのである。
それでも蓋を開けてみれば、高卒ルーキーの赤穂ひまわりは全試合にスタメン出場し、結果的に新人王を獲得しているし、田村未来やオコエ桃仁花、笠置晴菜らも”つなぎ”の役割を、まだまだ波は大きいものの、最低限こなすことができていた。むろんエースの高田真希が怪我なく安定したプレーでチームを引っ張り、伊集南もベテランらしい、流れを変える役割を果たしたことも大きい。3年目の赤穂さくらも持ち味であるペイントエリアでのパワープレーだけでなく、ペリメーターのシュートの精度も上げるなど成長した姿を見せてくれた。そして何よりポイントガードの稲井桃子が10月29日のシャンソン化粧品シャンソンVマジック戦を除いた35試合でスタメンのポイントガードを務め上げたことは何よりも大きかった。
伊藤恭子さん(2017-2018シーズンはチームのサポートスタッフ)の抜けた穴をどう埋めるか。いや、もっと言えば、現在はテレビ解説などをされている小畑亜章子さんが現役を引退して以降、デンソーはずっとポイントガードらしいポイントガードが不在だと言われてきた。高田という大黒柱はいるが、そこが1つの穴だというわけである。これまではなんとか伊藤さんがカバーしてきたのだが、その伊藤さんまで抜けたため、今シーズンは赤穂ひまわりのポジションと同じか、もしかするとそれ以上にポイントガードのポジションで苦しむのではないか。そう思われる向きもあった。それを稲井がしっかりと埋めたのである。
高田が「パスもうまいし、ドライブの力もある」と認める稲井は、冒頭に記したトヨタ自動車とのプレーオフ・セミファイナルでも19得点・9アシストをあげて、チームの逆転勝利に貢献している。
しかしここで書きたいのは稲井自身の成長についてではない。
むろん稲井の成長がチームを4年ぶりのファイナルに貢献したことは間違いない。今後も彼女がデンソーの司令塔としてチームをコントロールすることになるだろう。平成30年度の女子日本代表候補52名に選出されたことも頷ける。
ただそうした選手をどう育てるかといったときに、もちろん小嶋ヘッドコーチをはじめ、伊藤さんらスタッフの存在も大きいだろうが、”選手が選手を育てる”こともある。それがプレーオフ・セミファイナルのトヨタ自動車戦だった。
序盤の硬さから脱し、第1Qにペースをつかんだデンソーだったが、第2Qにトヨタ自動車に逆転され、第3Qに入ってもなかなかペースがつかめなかった。稲井は出入りの激しいプレーで安定せず、頼みの綱である高田も珍しくターンオーバーを繰り返した。2人はともに――厳密に言えば稲井が50秒ほど早く――ベンチに下がっている。しかし残り4分18秒で小嶋ヘッドコーチが2人をコートに戻そうと動く。このとき小嶋ヘッドコーチは2人に「このQが終わるときまでに5点差にまで縮めておこう」と声をかけたという。結果的に2人がコートに立ったのは残り3分21秒で、12点ビハインドの場面だったが、そこから追い上げ、第3Qを終えた時点で【55-60】、小嶋ヘッドコーチが求めた5点差にまで点差を詰めたのである。ここが勝敗を分けた1つのポイントだった。
「あそこで5点差になって、リズムができて、第4Qに(逆転まで)持って行けたのかな」
高田もそう認めている。
稲井は一方で逆転につながった後半をこう振り返っている。
「後半、高田選手が声をかけてくれて、みんながそれについていこうとしました。最後は気持ちで勝つことができたと思います」
高田も「後半は気持ちの勝利」と認めつつ、稲井への声掛けについては詳細に語る。
「自分が(稲井選手に)声をかけたのは稲井選手の気持ちが少し沈んでいて、なかなか自分たちの攻めがうまくできていないなと感じたからです。ここはしっかり強い気持ちを持ってやっていこう、どんどん攻めていこうと、稲井選手にピックを多くかけに行きました。稲井選手はパスもうまいし、ドライブの力もある。あとはしっかり自分のシュートを選択してくれて、ファウルもうまくもらってくれたので、その気持ちの切り替えがこの点差になったのではないかと思います。第3Qの残り3分から5点差にして、そこから逆転できたのは稲井選手の気持ちだと思います。ポイントガードがしっかりボールを運んで、ゲームメイクして、自分でシュートを選択して、ファウルをもらい始めてからだと思います」
つまりシーズン開幕前は不安視されていたデンソーの”穴”を、そこを埋めようとする選手の特長を捉え、しかし経験がないために、ともすれば沈んでいきがちなところでエースがあえてピックを多用することで、その選手の強い気持ちまでも引き出したわけである。
稲井が言う。
「前半はピックで攻めるときも相手にスイッチされて、中へのアタックができていなかったので、リズムにも乗れなくて、自分自身もうまく攻められないなって思っていたんです。でも第3Qのそこでは高田選手がピックに来てくれたことで絶対に自分でシュートを決めようという気持ちでやっていました」
翌日おこなわれたJX-ENEOSサンフラワーズとのファイナルでは、これまでの彼女たちなら一気に崩れてもおかしくないところで踏みとどまり、最後まで食い下がった。結果的には【59-71】で敗れたが、高田は表彰式終了後に「伊集の発案だ」という円陣を組んで、チームメイトたちにこう伝えたという。
「1年間お疲れさま。目標が日本一だっただけに悔しい思いもあるけど、2位でもしっかり胸を張って、次に向かっていかなければいけない。今シーズンの経験を生かして、次につなげていこう」
大幅な若返りが不安要素と思われたデンソーだったが、それだけにエースの高田が精神的な支柱として自覚を持ち、殻を破り、そして文字どおり若い選手を引っ張り上げたことでWリーグ、皇后杯ともにファイナルの舞台に立つことができた。若手もベテランも関係なく、シーズンを通して成長の跡が見える選手、チームは魅力的である。
文・写真 三上太
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