自分たちの弱さを受け入れる強さ
本川紗奈生(シャンソン化粧品シャンソンVマジック)が本来の姿を取り戻しつつある。
リオデジャネイロ五輪までの2年間、女子日本代表のスラッシャーとして輝きを放っていたレフティーはしかし、その後の精彩を欠いているように見えた。
ケガの影響もあるだろう。膝の一方は靭帯を損傷し、スライドステップさえままならない状態。他方は軟骨がなくなっているため、骨同士がぶつかるたびに痛みが走る。
「これ以上やったら、何年もバスケットができなくなるよ。休んだ方がいい」
ドクターからはそう警告されていた。
そんな本川が久々に彼女らしいゴールアタックを見せている。
ならでんアリーナでおこなわれた10月28日の対デンソーアイリス戦。
本川は得意のドライブを中心に両チームトップの24得点をあげ、チームを勝利に導いた。
試合後、彼女はゲームをこう振り返る。
「デンソーは自分たちよりもレベルが高いと思っているので、自分たちは挑戦者というか、一からやり直しているチームだから、まずは気持ちで負けないようにしました。それと先週のゲーム(トヨタ紡織サンシャインラビッツ戦)でリバウンドを何本も取られて負けてしまったので、今日は戦術どうこうよりもディフェンス、リバウンド、ルーズボールといったファンダメンタルを重視して戦いました」
気持ちとファンダメンタル。
学生を指導するコーチが好みそうなフレーズだが、日本最高峰のWリーグでも勝敗を分けるカギの1つはそこにある。原点回帰ということだろう。
一新されたチームに笑顔で推進力を
今シーズンのシャンソン化粧品は新しいチームでの再出発を余儀なくされている。
長年チームの中心にいた藤吉佐緒里、元山夏菜が現役を引退し、ガードの三好南穂、センターの近平奈緒子はそれぞれ別のチームへと移籍をしていった。
丁海鎰ヘッドコーチ体制になって3年目。バスケットそのものは変わらないが、それだけに主力選手を一度に失った影響は少なくない。
本川はそれについてこう語る。
「丁さん自身も自分のやりたいバスケットができないというか、ゼロから作り直さなければいけない状況で、私たち選手も毎日どんな練習になるのか、どんな試合になるのか予想がつかないのが今年のチームなんです」
丁ヘッドコーチのバスケットを知るベテランフォワードの鈴木一実、攻撃力のあるガード・落合里泉らが加入してきたもの、チーム作りはけっして順調ではない。
ヘッドコーチもさることながら、本川ら選手も不安を抱えてのシーズン開幕だった。
果たして開幕戦を落とすと、2週目こそ連勝するが、以降勝ったり負けたりの波が続く。
キャプテンの本川もどこを変えるべきか必死に考え、ある決断をする。
「丁さんはトヨタ(自動車アンテロープス)にいたときから、試合のときは『笑っちゃダメ』と言うほど、勝負に対して厳しい要求をしてくるんです。だから昨シーズンのシャンソンも週末は誰も笑っていなかったんです。だけどそんな暗い雰囲気のなかでバスケットをやっても、コミュニケーションも絶対にとれないし、いいことなんてないから、そこから変えていきました。もう思いっきり楽しんでやろうと。今は試合前も笑っています。昨シーズンと違うのはたぶんそこですよね。だから前向きになれています」
丁ヘッドコーチも「もう(笑っても)いいよ」という姿勢を見せているそうだ。
現状を受け入れ、自分たちから変わっていこう。
そういうことなのかもしれない。
「自分たちは昨シーズン、セミファイナルまで勝ち進んでいるけど、そのプライドはある意味で捨てて、自分たちは弱いんだという気持ちで臨まないと今シーズンは勝っていけないって強く思ったんです。シャンソン化粧品というチームである以上、自分たちは勝たなければいけない。そう考えても、実際の自分たちのレベルがそこまでじゃないと実感できるから、そういうところから変えていったんです」
現時点ではどのチームも成し得ていない“リーグ10連覇”。
それを唯一達成した名門のプライドと重圧。
それらを理解しながらも、あえてそこから離れることで自分たちの本来の姿を取り戻そうと考えたわけである。
アジアカップ落選……足りなかった実力
本来の姿を取り戻そうとしたのはチームだけではない。
本川個人も、である。
「今シーズンがどういうシーズンになるか全然わからないから、怖いという気持ちはあります。でも一方で楽しんでもいるんです。後悔はしたくないなと。チームが弱いからという思いと一緒で、自分自身も下手だから、チームでやることを徹底しています」
逃げではない。
チームで戦うために、本川自身が自分を解放する必要があったのである。
そこには女子日本代表の話も触れなければいけない。
大会3連覇を達成した7月下旬のアジアカップに、本川の姿はなかった。
「正直なところリオデジャネイロ五輪のときも自分がうまいとは思っていないから、今年のアジアカップの女子日本代表にも選ばれるとは思っていなかったんです。いつ抜かれるかもわからないし、だから今でも向上心を持ってコートに入っているんです。確かにリオデジャネイロ五輪までは内海(知秀・前女子日本代表ヘッドコーチ)さんがスタートで使ってくれて、いつも『お前がやれ、お前がやれ』と声をかけてくれたから、それが私にとっての自信になっていました。内海さんの期待にも応えなきゃという思いもありました。でもヘッドコーチが替わって、自分も求められたプレーをしなければいけないと考えたときに、それができなかったから落とされたんだと思っています」
アジアカップの落選を、本川はそう振り返る。
むろんケガもあった。
むしろその合宿中がケガのピークだったと認める。
しかし彼女は落選の原因をそこに見ていない。
トム・ホーバスヘッドコーチから「次に向けて頑張って」と落選を告げられたとき、ケガではなく、自分には足りないものがあったから落とされたのだと理解した。
少なくとも本川はそう理解したのである。
元気な本川のプレーは気持ちがいい!
「むしろ落とされてよかったと思っているんです」
今の本川は、はっきりとそう口にする。
「その期間に休むことができて、リハビリもできて、足も回復したから」
ストップをかけていたドクターも、リハビリの成果や、その後の足の使い方などを診て
「これだったらいいね。(東京)オリンピックも目指せるよ」
そう太鼓判を押してくれた。
丁ヘッドコーチも「週末に笑う」だけではない、柔軟な姿勢を採り始めてくれた。
「丁さんも足のことをすごく気遣ってくれるから、今はゲームに合わせることができているんです。昨シーズンまではリーグ中の練習もハードだったから、試合で疲れ果てている感じだったけど、丁さんも変わってくれて、理解してくれて、そこもチームが1つになってやっているなって感じるところです。だから気持ちがすごく元気!」
足の状態はけっして万全でないだろう。
しかし自分自身をさまざまな重圧から解き放ち、ヘッドコーチが柔軟な考えを持ってくれたことで、本川は少しずつ彼女本来の姿を取り戻しつつある。
「自分らしさをどこかに忘れていた気がするんです。代表合宿に行って、自分でも混乱しちゃって、うまくいかないことのほうが多かったから……。今はそれが取り戻せているかな」
日本を代表するスラッシャーはやはり、前を向いていたほうが輝いている。
文・写真 三上太