宮澤夕貴は今、女子日本代表候補としてヨーロッパ遠征に参加している。本誌でも書いたとおり、今シーズン(もはや昨シーズンといったほうがいいかもしれないが……)のMIP賞と言っても過言でない働き、成長を遂げた宮澤は、日本代表でも3番ポジションを高校時代からのライバルである長岡萌映子と、運動能力に長けた馬瓜エブリンとで争っている。
しかしヨーロッパ遠征の直前におこなわれた公開練習で、トム・ホーバスヘッドコーチは「アース(宮澤のコートネーム)は……ちょっと、まだ力が出せていないね」という辛口な評価を受けていた――。
宮澤の武器は、リーグでその成長をアピールした3ポイントシュートだけではない。高校時代はインサイドでプレーすることが多かった分、リバウンドも彼女の武器だし、ジャンプシュートもそうだった。
今年1月のオールジャパン(全日本総合バスケットボール選手権大会)決勝では、3ポイントシュートが不調に終わるものの(8本中1本成功)、2ポイントシュートで11本中10本決めるという離れ業を見せて、チームの大会4連覇に貢献した。
しかし本人はそれを「たまたまだった」と言う。
「はっきり言ってしまうと、それまではドライブをしても全然得点につながらなかったんです。全部外れていました。実際に入ったのはオールジャパンのときだけで、たまたま……本当にたまたま入ったんだと思っています。実際、それ以降も練習はしているんですけど、全然入らないし……」
これは2月に彼女が口にした「今後の課題」でもあった。
それから約1か月後のWリーグ・ファイナル。宮澤はやはり3試合で3ポイントシュートを1本ずつしか沈められなかったが、リバウンドと、2ポイントシュートでチームのリーグ9連覇に貢献した。短い期間での、しかし着実なステップアップである。本人も3試合も続けば「たまたま」ではなく、自分の成長と認めた。
「今までは3ポイントシュートがダメだと、他もダメになっていたんです。リバウンドも取れない、2ポイントシュートも決まらないって。でもこのファイナルでは3ポイントがダメでも、リバウンドやディフェンス、2ポイントで頑張れたことは自分にとって大きいことでした。それができるんだって、自分でもわかりました」
そうした宮澤の成長をつぶさに見てきた、当時JX-ENEOSサンフラワーズを率いていたホーバスヘッドコーチだからこそ、「アースはちょっとまだ……」という発言が出てくるのかもしれない。今でこそ日本代表の3番ポジションの選手を一律に見ているホーバスヘッドコーチだが、それでも宮澤と過ごした時間は、ほかの2人よりも長くて、濃い。
宮澤もまた、ホーバスヘッドコーチに直接、間接に関わらず、そう言われることは発奮材料になる。
リーグの終盤、宮澤の3ポイントシュートが入らなかったとき、ホーバスヘッドコーチは彼女に最近の試合のビデオと、開幕直後の試合のビデオを見せたと言う。「このとき(開幕直後のビデオ)は体の前でシュートをセットしているのに、今は少し後ろになっている。リリースも開幕のころは前だったのに、今は上すぎる。だから全部シュートが短くなるんだよ」。その言葉どおりに修正を加えると、シュートの精度はスッと上がった。
「トムさんの言葉は魔法の言葉なんです。トムさんに言われたことをすれば、すぐによくなるから、私はトムさん任せなんです。もちろん言われる前に、自分でできるようにならなければいけないですけどね」
染み付いたツーハンドのシュートをワンハンドのシュートに変えるよう指示したのは、他ならぬホーバスヘッドコーチである。当初宮澤は「なんで今さら?」と思ったそうだが、自分が生きる道は3番ポジションにあると信じてJX-ENEOSへの入団を決めた以上、ワンハンドシュートにすることがそれを実現させるために必要なことであれば、まずはホーバスヘッドコーチの言葉を信じ切って、練習を重ねていくしかない。
日本の武道や芸能などに「守破離」という言葉があるが、それまでツーハンドで2ポイントシュートを打っていた宮澤が、ワンハンドで3ポイントシュートを決められるようになるには、まずコーチの言葉を守るところから始めなければいけない。今シーズン、その才能の一部を開花させたとはいえ、まだまだ破る時期でも、ましてや離れる時期でもない。そう考えると、ホーバスヘッドコーチの日本代表ヘッドコーチ就任は、宮澤にとってこれまでのように「魔法の言葉」を気楽に聞きにくくなるという点で、さまざまな迷いを生み出しているのかもしれない。
2月の取材で宮澤はこんなことも明かしてくれた。
「『今はシューターだけど、東京五輪ではスコアラーになりなさい』ってトムさんから言われているんです。私自身もドライブもジャンプシュートも決められるスコアラーになりたいなって思っています」
ホーバスヘッドコーチと描いた夢に向けて、今、宮澤はヨーロッパでどんな日々を送っているだろうか。もしかしたら、「魔法の言葉」を受けて調子を上げてきているかもしれないし、まだそれを聞けずに、もがいているかもしれない。たとえ後者だとしても、ヨーロッパでホーバスヘッドコーチのバスケットに触れながら、何か自分で前に進むきっかけを見つけることができれば、宮澤はまたひとつ大きな成長を遂げるはずだ。
文・写真 三上 太