大神雄子がリーダー論を語るとき、忘れられない言葉がある。JOMO(現JX-ENEOS)サンフラワーズ時代、OGである萩原美樹子氏に言われた言葉だ。
「チームのカラーはキャプテンのカラーだからね」
――と、本誌の記事を始めた。しかしその大神がトヨタ自動車アンテロープスに限って言えば、こんなふうにも言っている。
「このチームはベックさんのカラーでもあるんです」
ベックさんとは、言わずもがな、ドナルド・ベックヘッドコーチのことだ。つまり2016-2017シーズンのトヨタ自動車のチームカラーを形成したのはキャプテンであり、一方でヘッドコーチでもあるというわけだ。大神が言う。
「ベックさんのカラーになるというのは、ベックさんが選手とすごくコミュニケーションを取ってくれるからなんです。自分たちだけがカラーを出すというよりも、ベックさんもカラーを出してくれるし、自分たちのカラーも取り入れてくれる。今年のトヨタ自動車はお互いがお互いを認めつつ、自我を出しているチームなのかなと」
今シーズンのトヨタ自動車は大神だけでなく、矢野良子、久手堅笑美のキャプテン“3人体制”だった。「大神×矢野×久手堅」という三者三様のカラーに、ベックヘッドコーチのカラーも掛け合わさって、トヨタ自動車の色を紡ぎ出していったのである。
前年はベックヘッドコーチが新たに就任し、彼の色とも言うべき新たな文化を植え付けようとした。しかしそう簡単に色は変化しない。そんな過渡期に大神も1年のブランクを経て、移籍してきた。海外でのプレー経験が豊富な大神からすれば、ベックヘッドコーチの考え方もわかるし、一方で実業団チームのそれも理解できる。それぞれの接点を探りながらプレーを続けたが、玉虫色のチームはゴールアベレージで0.01届かず、その前年に引き続きプレーオフ進出を逃している。
その悔しさがベックヘッドコーチにも、大神にも、そしてチームメイトたちにも濃く刻まれていたのが、2016-2017シーズンのトヨタ自動車アンテロープスだったのだ。
「だから今シーズンはコーチ陣が指示するだけではなく、ソウ(栗原三佳)も発言するし、セナ(水島沙紀)も声を出すし、(森)ムチャもああだ、こうだと言ってくる。チームの中心になってきた選手が声を出すようになってきました。それはベックさんが『次に同じミスが起きたら、言い訳できないからね』と言う発言に対してビビっているからでもあるんです。だってほぼ毎日ベックさんの『何度言えばわかるんだ!』っていう怒鳴り声が続いていますからね。それは今も(取材はファイナル開幕の3日前)継続中で、選手たちにも次に同じミスをしたら後がないという、いい意味での緊張感につながっています。そうして選手たちでまとまらなければ、ベックさんには対抗できないんです」
よいチーム作りは、常にコーチと選手の真剣なぶつかりあいから生まれてくる。バスケットでよく言われる“チームケミストリー”とは、それぞれの個性を持った選手同士の結合によって引き起こされる化学反応であり、“ヘッドコーチのカラー”という触媒を経て、より強く反応するものでもあるのだ。
大神個人に目を向けても、そうした化学反応のなかで自分の色を今なお変えつつある。ベテランと呼ばれる年齢になり、その間日本代表として世界と戦った経験や、海外リーグでの経験も豊富にある。そうして染め上げてきた自らのカラーを“触媒”としてチームに付与するだけでも彼女の役割は大きいのだが、大神は“触媒”であることに満足しない。自分はもっともっと変われるんだ、もっともっとよりよい選手になれるんだと信じて、変化を怖れず、色彩あふれる新たな海へと飛び込んでいく。
「それはバスケットを離れても同じだと思います。人間、成長ができる場所ってたくさんあるし、そういうことを教えてくれるのがベックさんなんです。崇拝しているわけではないですけど、ベックさんの考え方、哲学というのはすごく好きです」
そう言って、大神はベックヘッドコーチから受けた薫陶を詳らかにする。
「『バスケットボールは人生の一部なんだから、プライベートを大切にしなさい。家族を大切にしなさい。恋人を大切にしなさい。それから湧き出てくるエナジーがバスケットに反映されるでしょ?』とベックさんは言います。だから『どうしていつもみんなで一緒にご飯を食べるの?』、『なぜ寮の規則がこんなに厳しいの?』って疑問にも思っているんです。確かに日本ではそうで、特に女子には門限があって、ご飯の時間が決まっていることが当たり前です。でもベックさんはそれらを『なぜ?』というクエスチョンから入るんです。自分自身の海外経験を振り返ってみても、アメリカでも、中国でも『自分で生きるために何をすべきかを考えなさい』という考え方が当たり前だったんですね。そう考えると、バスケットをするための準備は日常から始まっていて、それらは与えられるものではなく、自分で考えるからこそ、バスケットに生きるんですよね。バスケットに集中しすぎて、日常をおろそかにすると、ご飯も適当になるし、それについて学ぶこともない。誰かがしたから自分もこうしようという『リアクション』になる。人間関係も当然浅くなる。でも自分から『バスケットも大切だけど、プライベートも大切だ』と思えれば、自分からアクションを起こす考え、発想も生まれてくるんです。そういった部分でも視野が広がったかな」
日本のやり方を否定するものではない。ただ一方で日本とは異なる考え方、やり方があることを知っておくのも、バスケットボール選手として、または人として幅を広げるうえで大いに役立つ。人はいつでも、どこでも、誰からでも学ぶことはでき、失敗さえも成長の糧となる。それに気づき、アクションし続けることのできる選手が“真のリーダー”になりうるのだろう。国内外でさまざまな経験をしてもなお、柔軟な姿勢でより多くのことを吸収しようとしている大神雄子もその一人である。
文・写真 三上 太