今年度の女子日本代表チームの強化合宿が始まっている。
今年は9月下旬にスペイン・テネリフェでおこなわれる「FIBA 女子バスケットボール ワールドカップ2018」以外にも、8月から9月にかけてインドネシアでおこなわれる「第18回アジア競技大会」もある。そのため女子日本代表は2チーム体制で強化を進めることとなった。第1次合宿に召集された候補選手も52名と、例年に比べると多い。
「若い選手も経験のある選手も集まって、やはり日本の女子バスケットは力があると実感しました。もし誰か大事な選手がいなくなっても、私たちの目標は全然変わりません。いつも誰かがいます。52名全員の選手に力があります。速さもあるし、力もあるし、シュート力もあります。本当に集まっているメンバーは特別な力があるんです」
4月24日、メディアへの公開練習に先立っておこなわれた始動記者会見で、ワールドカップの女子日本代表を率いるトム・ホーバスヘッドコーチはそう胸を張った。
「合宿をやってみて、学びが多かったし、やりがいのある練習ができたのでよかったなと思っています」
第1次合宿をそう振り返るのは、22名の初選出組の一人、井上愛である。井上は候補入りを聞いたときにまず「なんで自分が選ばれたの?」という疑問が沸き上がったという。彼女が所属する新潟アルビレックスBBラビッツはWリーグ2017-2018シーズンを1勝もできずに終えたのだから、彼女がそう思っても無理はない。しかし周囲の人から「あんたが頑張っていたから、それを見てくれていたんだよ」と後押しされて、合宿にやってきた。
それでも緊張と不安はあった。新潟のチームメイトはいないし、大学、高校時代の先輩や後輩もいない。周囲はリーグで切磋琢磨する選手たちなので、話し相手がいないわけではないが、どこかに心細さはあった。それが10日間に渡る第1次合宿が終わるころには充実感に変わっていた。
「すべてが初めてだったし、自チームでは普段仕事をしているので、なかなか一日中バスケットボールの練習ができる環境がないので、体的にはハードな合宿だったなと思いますが、一日中バスケットボールができるって幸せだなって思いました」
ホーバスHCの練習は細かく、常にハードワークを求める。公開練習でもベースとなるスペーシングや、フィジカルコンタクトを伴うドライブなど、それらを養う練習に終始していた。練習を指示してから動き出すまでが遅いと、厳しい叱責も飛んでくる。
そんな緊張感のある練習のなかで、たった10日間ではあったが、井上は多くのことを学び取ったという。学び取って、同時にそれを新潟に還元しなければと気持ちを新たにする。
「ファンダメンタルや足の運びなど、普段の練習ではそれらに時間を割いてやることがないので、どうやればもっと早くボールをもらえるのか、どうやればもっと力強いドライブができるのかとか、いろいろ発見の多い合宿でした。これをどれだけ私がチームに還元できるかだと思います。そこは、そういう(リーグの下位にいる)チームからきているという責任もありますし、昨シーズンはキャプテンをやっていたこともあったので、ちゃんとチームに伝えたいです。練習時間は短くても、内容を詰めて、ハードに練習ができれば時間は関係ないんだということをしっかり伝えなきゃなと思います」
むろん強化合宿を経験し、それを自チームに伝達することだけが彼女に求められるミッションではない。女子日本代表の戦力としてその力を求められている。井上自身も選ばれたからには最後まで残りたいし、常に100%の力を出して取り組もうとしている。そのためには自分自身も、もっともっと高めていかなければならない。
「私はどちらかといえばガツガツしたドライブからバスケットカウントを取るタイプではないので、どれだけアウトサイドのシュートをクイックで決めてくるかだと思います。3ポイントシュートは常に狙う意識でやっていて、最初のほうはそれが決まっていたので、トップの選手のなかでそれができることは自信にもなっています。そこは突き詰めてやりたいなと思いますね」
若い選手たちが代表合宿への緊張からか、軒並み「求められているのはわかるけど、練習の中でなかなか出せない」という自らの持ち味を存分に出せるのは、経験豊富なベテランだからか。一方で井上は新たなプレイを貪欲に取り入れようともしている。
「今回ドライブの仕方などを学んで、自分でも『ちょっとやれるんじゃない?』って思っているところがあるので、これから試してやってみたいですね。年齢も上ですけど、やっぱりそうした発見があることは大事だと思うし、ドライブができるようになれば、自分が得意のアウトサイドシュートも生きてくると思うのでやってみたいです」
昨シーズンのWリーグで1勝もあげられなかった新潟からの代表候補入り。表面的には候補選手は横一線のスタートと言われるかもしれないが、現実的には多少の前後はある。そのなかで勝利の味を忘れかけている井上は、少し大げさに書けば、最後方グループからのスタートとなる。しかし、だからこそ後ろを振り返る必要はない。前を向いて、ただひたすらに、とことん走り続けるだけである。結果的に代表入りできなかったとしても、強化合宿で得たものは井上自身を、新潟を、そしてWリーグ全体をさらに押し上げていくものになるはずだ。
文・写真 三上太
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