ただひたすら勝利を目指すだけでは務まらないというコーチ業の難しさはどのカテゴリーにもあるものだが、松島HCはそのバランスにも配慮しつつ、勝利を目指すことの重要性にフォーカスしているところだ。
「勝たせてあげることも一つの自信につながったり、チームが強くなる要因だと思うんです。結果にこだわりすぎて潰さないようにしなきゃいけないんですけど、でもやっぱり勝つことで得られるものっていっぱいあるし、本気で勝ちを目指さないと、負けたときの悔しさや課題が薄れてしまうので、勝ちにはこだわらせるようにしてますし、そこはいいかげんになってほしくない。私のほうも勝つことばっかりになっちゃうと子どもたちが伸びないので、選手交代とか控えの選手をどういうオフェンス、ディフェンスで活躍させるかが指導者の仕事。難しいところではあるんですけど、目標がないとチームが一つになれないし、みんなで力を合わせることで得られるはずの楽しさや喜びも得られない。勝ちを目指すところはブレずにやっていきたいですね」

名門・桜花学園高から三菱電機コアラーズに進み、選手としてトップリーグで活躍していた松島HCが指導者を志したのは、地元・沖縄で長年ミニバスや中学のコーチをしてきた父親(故人)の影響が強く、「高校生くらいのときから、いずれは指導者をやってみたいというのがあった」ということだ。そして、レバンガ北海道などでプレーした弟・良豪も20代のうちに現役を退き、指導者に転身。現在は母校の国士舘大でHCを務め、昨年はチームを関東学生リーグ1部に昇格させた。同じ生業となった弟とは、時折連絡を取り合っているそうだ。
「こういうことで悩んでるとか、話すのもだいたいバスケットのことです。コーチをやってるのは映像でしか見たことないですけど、おそらく弟も父親の影響はすごく大きいし、私よりも熱血だし、まだ若いから体力もあるし、大学生と必死に向き合って毎日頭を抱えてますけど、弟が頑張ってるから私も頑張れる。お互いに良い刺激になってるなと思います」
北海道のホームゲームで披露していた “劇団松島” に象徴されるように、選手時代の弟はBリーグの人気向上に一役買ったエンターテイナーでもあった。それに比べると、姉は試合中もあまりベンチから立ち上がらず、落ち着いた様子。キャラの立った弟とは対照的だが、そんな姉は弟を「自分の立ち位置を考えてた」と誇りに思っているようだ。
「見え方によっては『なんだ、このふざけた奴』って感じにもなると思うんですけど(笑)、ああやってみんなを喜ばせたり笑顔にさせるというのはある意味才能だと思うし、批判されたかもしれないですけど最後までやりきったのはすごいなと思います。私には絶対できないです(笑)。弟は陽気ですけど、私はどっちかというと陰キャというか、本当に陰と陽なんで」

今こうして姉・弟ともに念願の指導者としての活動ができているのは、日本のバスケット界の発展によるところが大きい。「Bリーグの組織の中で女子を盛り上げていける大会があるのは素晴らしい」とこの大会の存在に感謝している松島HCは、まだ長く続くであろうバスケット人生を謳歌している真っ最中。今後どのようなチームを作り上げていくのか、一番楽しみにしているのは松島HC自身だろう。
「指導者は一番やりたかったことでもあるし、バスケットしかやってきてない人生なので、大人になってもこうやってバスケットに携われて、子どもたちと一緒にこういう大会で目標に向かってチャレンジする機会を与えてもらって、本当に楽しいです。一時期OLをしてたこともあるんですけど、デスクワークが合わなくて(笑)。やっぱり動きたい、バスケットをしたいという想いが強かったんです。会社がこういう場所を与えてくださったのがありがたいし、選手がいないとこの仕事も成り立たない。選手たちが来てくれてチームが作れるのも本当に当たり前じゃないし、幸せだなと思います」
文・写真 吉川哲彦











