読者の皆さんは、前に筆者が執筆した「私はどの試合も勝ちにいきたい」という記事をお読みいただけただろうか。これは東京羽田ヴィッキーズの軸丸ひかるにスポットライトを当てたもので、その中に登場する舞台がデンソーを撃破した1月3日の試合だ。この試合はおそらく東京羽田にとって今シーズンのベストゲームであり、ついでにどうでもいいことを言ってしまえば、筆者がBリーグも含めて今シーズン現地取材した中で最も印象に残る試合第1位でもあるが、これは別に社交辞令でも何でもないことを付記しておく。
もちろん、その記事に関しては軸丸が主役なのだが、試合自体は出場した選手全員が持ち味を存分に発揮した試合だった。中でも、「いよいよ本来の実力を発揮し始めたな」と感じたのが津村ゆり子。上から目線でごめんなさい。津村といえば、東京医療保健大でインカレMVPを受賞した翌月にはアーリーエントリーでWリーグデビューを果たし、最初の試合でいきなり25分もの出場時間を与えられて勝利に貢献したことを思い出す。筆者はその試合も現地で見たが、この時点ではチームにも津村個人にも明るい未来が待ち受けていると思ったものだ。
しかし、その後の津村はチームとともに、いささか伸び悩んだ感がある。どのシーズンも出場試合の半分くらいはスターターを務めているのだが、1試合平均得点を2ケタに乗せたシーズンはなく、筆者が取材した試合でも何か迷いがあるような、元気がないような、そんな印象ばかりだった。津村選手ごめんなさい。
ところが、今シーズンの津村は別人25号とでも言わんばかりに見違えるプレーを披露した。スイッチが入ったように見受けられたのが、12月のシャンソン化粧品戦。チームは連敗してしまったが、津村は第1戦で21得点、第2戦で18得点を挙げている。そして、1勝11敗で迎えた冒頭のデンソー戦だ。9点差で惜敗した第1戦も津村は16得点、デンソーのリーグ戦連勝を15で止め、初黒星をつけてみせた第2戦は15得点。これで完全に覚醒したのか、その後のリーグ戦8試合で1ケタ得点に終わったのはわずか1試合しかなく、チームも4勝4敗と白星を伸ばした。28得点を叩き出した試合もあったリーグ戦後半の爆発ぶりを見ると、1試合平均12.0得点という数字は思いの外少ないとさえ感じられる。
ここでBBS AWARD選考会の裏側を暴露しておくと、MIPの候補として最初に名前が挙がったのはチームメートの鷹のはし公歌だった。これは、シーズン終了後に日本代表候補に初招集されたことも加味してのものだ。しかし、そこで筆者が「今シーズンは津村が凄かった」と待ったをかけると、他の選考委員は「あ~確かに」と納得。その後はほとんど議論が進むことなく、実はベストトランスファーの千葉歩についてもそうだったのだが、筆者が他の選考委員を黙らせる形で津村に決まった次第である。鷹のはし選手ごめんなさい。
今シーズンの東京羽田は萩原美樹子ヘッドコーチを迎え、新たに生まれ変わろうとしていた。そこに、昨シーズンの大ケガの影響が残った本橋菜子のコンディション事情が重なり、選手個々の自覚が一層強まったところは少なからずあっただろう。また、津村が「大田区総合体育館でのホームゲームが一番好きで、ファンの方がネームタオルを掲げてくれるのがすごく力になっています」と言うように、コロナ禍で制限されていたホームゲームが復活したことも大きな意味を持つ。来シーズンは、大田区総合体育館だけでも12試合の開催が予定されている。ファンの後押しを受けて津村のプレーに凄みが増し、東京羽田がプレーオフの舞台に返り咲く、そんな未来が待ち受けているような気がしてならない。
文 吉川哲彦
写真 W LEAGUE
「Basketball Spirits AWARD(BBS AWARD)」は、対象シーズンのバスケットボールシーンを振り返り、バスケットボールスピリッツ編集部とライター陣がまったくの私見と独断、その場のノリと勢いで選出し、表彰しています。選出に当たっては「受賞者が他部門と被らない」ことがルール。できるだけたくさんの選手を表彰してあげたいからなのですが、まあガチガチの賞ではないので肩の力を抜いて「今年、この選手は輝いてたよね」くらいの気持ちで見守ってください。