5月。ゴールデンウィーク。能代市総合体育館にひときわ大きな声が響いていた。「ハンズアーップ!」「リバーー(ウ)ン(ド)!」「ノーファウル、ノーファウル!」「戻れ、ディフェンス!」。百戦錬磨のコーチたちが発する声にしては若い。ベンチで戦況を見つめる選手たちの声にしては少し艶がある。声の主は中部大学第一高校(愛知)の女子マネージャー、田口知花(たぐち・ともか)だ。
コートに向かって的確な声掛けをしたかと思うと、ゲームが動けば即座に手元のタブレットにスタッツを打ち込む。タイムアウトのブザーが鳴れば、自分のベンチの下に置いてある作戦ボードをすぐに引っ張り出し、常田健コーチの求めに応じて差し出す。ハーフタイムは選手のためのドリンクを補充し、試合が終われば、他校の選手もいる控室に入っていき、汗に濡れたユニフォームを回収する。もちろん選手たちは、アンダーウェアを着ているとはいえ、若い男の筋肉をむき出しにしている。
「最初のころは、着替えに入っていくことに抵抗はありましたけど、今はないですね。途中で『もういいや』って覚悟を持って、入っていくことにしました」
覚悟を持って――それこそが中部大第一のマネージャー、田口を表す最大のキーワードである。
小学生のころ、田口はバスケットをしていた。しかしケガが絶えず、常にマネージャーの仕事をしていたという。中学に入ると一転、吹奏楽部へ。「目立ちたがり屋ってことと、母がピアノの先生をしていることもあって、小さいころからピアノをやっていた」からだ。バスケットを離れ、吹奏楽に目覚めた少女は「楽しい。自分にはこの道だ!」と思った。
しかし志望していた高校には進めず、失意のまま中部大第一へと進む。そこでも吹奏楽を、と考えたが、中部大第一の吹奏楽部は人数が少なく、彼女の思い描いている吹奏楽部の像とは少し異なる。それでも吹奏楽部に入部して、本当に好きになれるのだろうか……田口は逡巡した。
「そんな中途半端な気持ちでやるのなら、校内でも“ドギツイ部”として有名な男子バスケット部でマネージャーをしようって思ったんです。彼らは全国大会に行っていて、いつもキラキラしているから」
ミニバスケも、吹奏楽も、進学も、これまでの自分は何をやってもダメだった。そう思う反面、いつも目の前でキラキラしている兄姉を見続けてきた田口は彼らに負けたくない、私は中部大第一のマネージャーとして「ここで輝いてやる!」と覚悟を決めた。
今でこそ田口を含めて3人の女子マネージャーがいるが、彼女が1年生のときは女子マネージャーがいなかった。当然、門を叩いたときは3年生の男子マネージャーから「女子1人になるけど大丈夫?」と聞かれたそうだ。周りは屈強な男たちばかり。しかも中部大第一にはマリからの留学生もいる。「怖いな……」という思いもなくはなかったが、田口の覚悟は揺らぐことはなく、彼女のマネージャー人生は始まった。
1年生のころは声出しなどまったくできなかった。2年生になっても、それは変わらなかった。1つ上の学年にマネージャーがいないこともあって、メインのマネージャーを任されたが、私なんかが先輩に何かを言っていいのか……同級生にも言っていいのか。迷いながらチームを見守ることしかできなかった。
しかしインターハイで負けた後、常田コーチに「お前が殻を破らないとチームは成長しない」と言われて、ハッとした。国体でも少年男子のベンチに入り、当初は他校の選手がいたこともあって声掛けなんて無理だと思っていたが、試合中、あまりに声を出さないベンチメンバーに業を煮やして、思わず声を出してしまった。
「一度出した以上、出し続けるしかない。やりきりたい!」
以来田口はベンチから声を出し続けている。キャプテンの星野京介も「練習でも試合でも選手より声を出している」と認めるほどだ。
その心得を彼女はこう説明する。
「私はプレーができないので声を出すんですけど、謙虚な姿勢で声を出さないと選手たちの耳には素直に入っていかないと思うんです。一方でこれまで選手たちの練習をずっと見てきたのも私だから、たとえば今日のゲームであれば(ポイントガードの)中村拓人のフリースローのときなどは『大丈夫だよ』って落ち着かせるような声もかけるようにしています」
確かに田口の声はけっして上段から振り下ろすそれではない。それでいて凛とした声は聞き取りやすい。さらにその声掛けが的確なのは、田口が声を発した直後に、常田コーチが同じことを口にするシーンが何度となく繰り返されていたことからもわかる。常田コーチが言う。
「(田口には)頭が下がりますよ。マネージャーといっても単なる雑用係じゃない。縁の下の力持ちというだけでもない。彼女はバスケットの戦術的なこともしっかりと勉強してくれるんです。だから能代カップでは、普段アシスタントコーチがしているスカウティングをしてもらっています。彼女はアシスタントコーチの仕事もやりきれる子なんです」
その信頼は、田口が試合中に着ているポロシャツにも示されている。左袖に「絆支(きずなささえ)」と刺繡がされているそれは、常田コーチが自身のために作ったものだ。そんな世界で一着しかないポロシャツを、彼は惜しげもなく田口にプレゼントしているのだ。
戦術を学び、アシスタントコーチ的な役割もしていることを田口本人に聞くと、こう返ってきた。
「ベンチから声を出す以上、自分にも責任はあると思っています。だから練習の後などに選手をつかまえて『教えてください』とお願いして、チーム戦術のことなどを教えてもらっています」
謙虚な姿勢で部員と向き合いながら、必要とあれば彼らに対して厳しいことも口にする。今、自分がすべきことは50人近くいる部員が別々の方向に向かないよう、それぞれの選手と向き合うことであり、もし「そんなことは無理だ」と顔を背ける部員がいれば、それが誰であれ「あんたはこのチームにいらない」と面と向かって言うことだと、田口は力を込める。日本一になるために必死にやっている選手がいる以上、チームの和を乱す選手は部をやめた方がいい。田口はそう言って憚らない。
むろん普段の彼女は、ごく普通の高校3年生である。常田コーチに叱られ、尊敬するトレーナーにも叱られれば、当然凹むこともある。そんなときに選手たちが気づいてくれて、「大丈夫」と声を掛けてくれれば、田口はまた前を向ける。彼らを日本一にするまで、自分が立ち止まってはいけないと。
強いチームには必ずと言っていいほど、しっかりしたマネージャーがいる。それは同性、異性に関わりなく、ときに選手の背中を押し、ときに選手を包み込む。叱り飛ばすときだってある。そんなチームの屋台骨を支えるマネージャーがいるからこそ、選手たちはプレーに専念できるわけだ。
“ドギツイ”けれども、絆を保って、支え合う中部大第一。そこには田口の凛とした声が欠かせない。田口は選手たちと同じくらい、いや、それ以上に熱い“バスケットボールスピリッツ”を持った女子マネージャーである。
文・写真 三上 太