予選リーグを3連勝で突破した車いすバスケ男子日本代表は、ふたたび対戦したオーストラリアを65-56で破り、4戦全勝で三菱電機ワールドチャレンジカップの初優勝を飾った。会場を埋めた5173名をはじめ、日本の強さを目の当たりにしたファンにとっては、2020年東京パラリンピックへ向けて大きな期待を抱くことができる大会となった。
つかみどころはディフェンス
ベーシック(車いすバスケに特化したスキル)を積み上げて挑んだ2016年リオパラリンピックは9位に終わり、昨年から新たにトランジションバスケットに取り組みはじめている。女子日本代表がリオオリンピックで決勝トーナメント進出(8位)を決め、そしてアジア3連覇を果たしているのと同じスタイルである。小さいからこそ攻守の切り替えを速くする戦術に着手し、フィジカルとメンタルの両面から鍛えてきた。
オーストラリアをはじめ、リオパラリンピックに出場した強豪チームを相手に走り勝ってつかんだ優勝である。決勝では日本のWエース#13藤本怜央選手と#55香西宏昭選手とともに、#2豊島英選手の3人が14点、ハイポインターの#24村上直広選手もしっかり10点を挙げる活躍を見せた。9点を獲った#5鳥海連志選手も続き、エースだけに頼ることなく、どこからでも得点が狙えるように成長している。
34:37本とオーストラリアに遜色ないリバウンドを奪うとともに、ディフェンスがベースであることを及川晋平ヘッドコーチは強調した。
「ディフェンスで流れをつかむまではじっと待たなければいけない。その間に多少やられてしまう部分もあるが、一度ディフェンスで機能しはじめれば一気に歯車が回ってくる。相手に多少リードされても心配はなかった。大きく点差を離されない限りは十分僕らの射程圏内で戦えていた」
予選でのオーストラリアは、得点源である#5Bill Latham選手、#7Shaun Norris選手、#11Tom O’nill-Thorne選手をベンチスタートさせ、後半に照準を合わせてきた。しかし、決勝では彼らを先発で起用し、最初から勝負に出る。立ち上がりこそリードをした日本だったが、すぐさま追いつかれ、ビハインドを背負う時間帯も多かった。それでも、自信を持つディフェンスでガマンを続け、流れを引き寄せていく。第3クォーター終盤、鳥海選手が「相手は疲れている。このまま一気に行こうぜ」と仲間たちに声をかけ、ギアを上げたあとに4連続得点、51-48とリードを奪い返した。
第4クォーターに入った途端に逆転され、51-56と引き離されはじめる。しかし、日本は慌てることなくディフェンスで相手の体力をさらに削っていく。残り6分35秒から豊島選手が決めたラストシュートまで7本連続で得点する間、相手に1点も許すことなく守り抜いた。65-56で勝利し、オーストラリアを相手に2連勝できたことは偶然ではない。自分たちのスタイルを貫き通し、自らの手でつかみ取った価値ある優勝だった。
背水の陣で臨んだ戦略が、優勝により確信に変わった
無差別級のバスケットにおいて、国際試合での日本は身長や体格でビハインドを背負っている。常に「相手はサイズを武器に、3Pシュートラインの中だけでバスケットをしている」ことに及川ヘッドコーチはフォーカスする。当たり前のようにボールを運び、ディフェンスでも戻るだけの3Pシュートラインまでの空間にこそ日本の付け入る隙があり、「相手の盲点を突く戦略」で対抗していく。オーストラリア戦では2戦とも2度の8秒バイオレーションを奪うなど、前からプレッシャーをかけて攻撃の芽を摘んでいった。「8秒以内に攻められないことを普通は想像していない。相手にとっては、8秒以内にボールを運ぶためのプレッシャーを感じながらオフェンスに入らなければならず、それだけ負担は大きくさせられる」という戦略が功を奏した。
オフェンスでは「ボールと人を動かすこと」を徹底し、フィジカルが向上したことでこれまで以上にパスを大きく展開させながらスペースを作ることにも着手している。それによって「ゴールを狙うチャンスは見えてくる。最初のドイツ戦はまだぎこちなかったが少しずつよくなってきた」と試合を重ねるごとに成長していた。だが、自信を得られたディフェンスに対し、オフェンスは課題も多い。ゆえに、その伸びしろを伸ばしていけば、まだまだ強くなれる証拠でもある。
#13藤本怜央選手は「フルモデルチェンジしたチームを信じて努力し、今回ひとつの成果を出したことは、2020年東京パラリンピックへ向けての確信になりました」という言葉どおり、突き進むべき方向が明確になった。及川ヘッドコーチは、「これで通用しなかったらどうしようか」と背水の陣で今大会に臨んでいた。「1年間強化してきた成果が出たことで、これからさらに突き詰めていきたい」と今後は迷うことなく加速できる。
世界に勝つために必要なベリー・ハードワーク
40分間走らなければならないトランジションバスケットは、ただでさえきつい。大きな選手を相手にする国際試合では、なおさらのことである。コート上で大きな声を挙げていた香西選手だが、「とにかく走りきるためにも、これまで練習してきたバスケットをしようと声をかけつつ、自分自身にも言い聞かせて戦っていました」とその苦しさがうかがえる。「古澤(拓也/#7)や鳥海は体力があり、40分間戦えるだけのフィットネスを持っている。若い選手たちは今のバスケットに合わせて育ってくるので使いやすい」という及川ヘッドコーチは、選手の底上げも期待していた。
毎試合一番長いプレータイムでチームを引っ張っていたのがキャプテンの豊島選手である。「チームとしてアグレッシブにプレーすることを求められる中で、しっかりとバランスを取りながらプレーすることを心がけていました」と冷静にゲームを見極め、勝利へと導いていた。「今大会のMVPであり、世界で一番うまいプレーヤー」と及川ヘッドコーチも全幅の信頼を寄せている。
今年8月のIWBF世界選手権ではメダル獲得を目指し、さらなる努力が続く。この成果の裏には3〜4部練習が当たり前の「ベリー・ハードワーク」がある。世界で勝つためには自分たちの長所を磨き、そこを突き詰めるための練習が欠かせない。女子日本代表、そして車いすバスケ男子日本代表が結果を残している良い流れを、今度はFIBAワールドカップ出場へ向かう男子日本代表が続く番だ。6月29日(金)に千葉ポートアリーナで、同じくオーストラリア戦が待っている。NBA選手がいようが、相手の盲点を突く戦略とどこよりもハードワークをしながら自信を得られれば、勝利をたぐり寄せることだってできるはずだ。今大会の優勝は、日本のバスケ界にとっても大きな勇気を与えてくれた。
大会結果
優 勝:日本
準優勝:オーストラリア
第3位:カナダ
第4位:ドイツ
2018 IWBF世界選手権(ドイツ・ハンブルグ)
2018年8月16日〜26日
プールA[モロッコ、カナダ、イラン、ドイツ]
プールB[アメリカ、韓国、ポーランド、イギリス]
プールC[トルコ、ブラジル、日本、イタリア]
プールD[オーストラリア、アルゼンチン、スペイン、オランダ]
https://2018wbwc.de/
文・写真 泉 誠一