そんなアリーナの雰囲気を「現実とは思えなかった」と言ったのは、例のブリッツァブスである。
彼女はきょうもアレンに代わって、スタメン出場を果たしている。
数字だけを見れば、けっして活躍したとは言えない。
それでも重圧のかかるゲームでスタメンとしてコートに立ち、この朝、彼女の父親が「あの子は走り回っているだけだけどね」と嬉しそうに言っていた言葉どおり、熱狂の渦のなかでもチームのために走り続けていた。
「オーストラリアの観客と同じように、中国の観客も今夜、中国を応援しようと来ていました。スタンドでも少しライバル関係があったと思うので、雰囲気はすごかったです。でもこれは確かに女子バスケットボールにとって素晴らしいことであり、私はこれまでに、これほど熱狂的な群衆の中でプレーしたことはありません。最初の 4 分間はプレーコールすら聞こえませんでした。そのような雰囲気のなかでプレーすることはとても素晴らしく、とてもクールでした」
ブリッツァブスは、11,916名の観衆で覆われたアリーナの雰囲気をそう振り返っている。
同時に彼女の父親も改めて娘を誇りに思っただろう。
明日の朝、彼に会ったら、聞いてみたいと思う。
オーストラリアが敗れる約2時間半前には、もうひとつのセミファイナルでカナダがアメリカに<43-83>で敗れている。
彼女たちもまた明日、ブロンズメダルマッチ、3位決定戦に回ることになった。
完敗とも言っていいゲームだった。
そのなかでアメリカに立ち向かったカナダの若者がいる。
ラティシア・アミヒア。
21歳のセンターである。
186センチのセンターは今、アメリカ・サウスカロライナ大学の4年生でもある。
この日、彼女が真っ向からぶつかっていったのはエイジャ・ウィルソン。
ほんの22週間ほど前に終了した今シーズンのWNBAで、シーズンMVPを獲得したセンターだ。
同時にサウスカロライナ大学の先輩でもある。
「(ウィルソンとのマッチアップは)私が望んでいることでもありました。彼女はサウスカロライナ大学で私のようにプレーしたので、私は彼女のゲームをよく知っています。彼女もまた私のゲームを知っています。私はその舞台に立って、チームのためにメダルを獲得しようとしたのです」
アミヒア自身がアメリカ代表と対戦するのは、これが初めてだったという。
むろんアメリカが世界一のチームだということは知っている。
彼女の大学を率いるドーン・ステーリーは、昨夏までアメリカ代表のヘッドコーチも務めていた。
もしかすると、代表チームの話も聞いていたかもしれない。
だからこそ21歳の若者は勝ちたいという思いを誰よりも強く持っていた。
その壁を乗り越えてみたいと。
「私はいつも勝ちたいと思ってゲームに出ています。 それが私たちの毎試合のメンタリティーでもあります。確かにアメリカはタフなチームです。彼女たちには世界最高の選手が何人かいます。それでも私たちは彼女たちと戦いました。望んでいたものを手に入れられませんでしたが、明日はまた別のゲームがあります」
WNBAに入ることが「希望であり、目標でもある」というアミヒアは明日の3位決定戦でどんなプレーを見せてくれるだろうか。
ともにWNBAプレーヤーを擁するカナダとオーストラリアの3位決定戦も、決勝戦とは異なるおもしろさがあるに違いない。
そういえば、きょう ── 厳密には昨日、9月30日、朝食でフライドエッグ(目玉焼き)を注文している宿泊客がいた。
ホテルの朝食会場ではオーダーをすれば、欲しいものを手に入れられるらしい。
メダルはそういうわけにはいかない。
FIBA女子ワールドカップ2022「G’Day Straya!!」
8日目 老いも若きも世界を駆け巡る
9日目 簡単に手に入れられないものにこそ、目指す価値はある。
10日目 今をつなげて広がっていく世界へ
文 三上太
写真 FIBA.com