9月4日に日本代表候補選手24名が発表された。ここから絞られた12名が来るべきワールドカップアジア地区予選2次ラウンドを戦うことになる。同日に行われた公開練習にはアジア大会から帰国して間もない太田敦也、辻直人、ベンドラメ礼生も参加。シューターとして期待される辻は「体はきついが気持ちは充実している」と笑顔を見せた。
アジア大会から帰国したのは9月2日。日本代表チームに合流するまで休んだのはわずか1日。「目ぇ開けたらここにおったという感じです」。辻はそう言って囲んだ記者団を笑わせたが、「気づいたらここにおった」というのは正直な感想だろう。もちろん疲労はある。が、日にちが空くと「アジア大会が終わった!と気持ちがオフモードになってしまうのが怖いんで、そこは切らさず、ある程度の緊張感を持って合流できたのはよかったと思っています。体はきついけど、精神的にはその方がよかったかなぁと」
ジャカルタで開催されたアジア大会では若手選手たちを牽引するキャプテンの役割を担った。人生初めてのキャプテン。リーダーシップを求められることは当然だが、同時に「自分をアピールする大会にしなくては」という思いも強かった。9月13日から始まるワールドカップアジア地区予選2次ラウンドの最終メンバーに残れるかどうか。「正直、自分は当落ライン上にいると思う」。若手選手を中心としたチームでどこまで自分の持ち味を発揮できるか。今回のアジアの舞台は辻にとって「自分の力が試される」大会でもあった。
「だけど、大会が始まってもどこか自分の中に迷いがあって、全然思うようなプレーができませんでした。すごく悩みましたね。本当に悩んで、悩んで、蕁麻疹が出るほどでした」
そんな中で突然耳にした4人のメンバーの不祥事。「報道直後は自分も含め、1人ひとりが考えるところがあってなかなか(気持ちを)切り替えることができなかったです」。4人の行為がいかに愚かで弁明の余地がないとことはわかっている。しかし、昨日まで同じコートでともに戦ってきた仲間だ。
「4人とも本当に素直で、バスケットをひたむきに頑張っているやつらだと僕は思っていたので、それを考えるとどう言っていいのかわからないんですけど、ものすごくやりきれない複雑な気持ちになりました」
おそらくそれは残った8人のメンバーの共通した思い。だが、そんな状況の中でも大会は続く。「ここからどうやって戦っていけばいいのか、自分なりにいろいろ考えました。で、結局はことばで(若手を)鼓舞するとかではなく、全力で取り組む姿勢を見せていこうと決めたんです。もう1人のキャプテンの太田(敦也)さんと2人で、そこはいいバランスでできたのではないかと思います」
人数が減ったということはそれだけ個々の役割が増えるということだ。体力的なものはもちろんだが、精神面での負荷も大きかった。だが、チームの中にあったのはエルマン・マンドーレコーチを筆頭に「この8人で戦い抜いてみせる」という強い意志。それぞれのプレータイムが増えたことをプラスにとらえ、とにかくアタックしていこうと話し合った。
「若い選手たちに共通して言えたことは‟8人„というプレッシャーについてあまり深く考えず、シンプルにアタックするところはアタックし、空いたら打つという姿勢。それを見ながら自分が若かったときを思い出しました。そういう意味では逆に学ばせてもらったような気がします」
4人を欠いた後の香港戦に苦しみながらも勝利したときはこみあげる思いが涙になった。続くイラン戦、フィリピン戦では完敗したが、前向きな気持ちは変わらなかったと言う。「佐古さん(賢一アシスタントコーチ)からもらったアドバイス、空いたら迷わず打てばいいと言ってくれたエルマンコーチのことばを胸に臨んだ」という対インドネシアとの最終戦(7位〜8位決定戦)では、迷い悩んだすべてが吹っ切れるような気がした。84-66で勝利したこの一戦で辻は8本の3Pシュートを含め29得点をマーク。シュートがすべて3Pだったことは「特に意識はしていなかったですが、(自分が)乗ってるなという感覚はありました」と振り返る。
「アジア大会の最終戦で自分の持ち味である3Pシュートで貢献できたことは大きかったです。おかげで自信を持ってこの代表合宿に参加できました。A代表というのはいろんなことができる選手が揃っていますが、もし、最終メンバーに選んでいただけるなら、3Pシュートで貢献したい。今は自信を持ってそう言えます」
間もなく始まるワールドカップアジア予選2次ラウンドでは、9月13日にアウェーでのカザフスタン戦、17日にホームでのイラン戦が予定されている。「両方ともリバウンドが強いチームなのでそこをどう抑えられるかが鍵になると思います」。中でもアジア大会で完敗したイランは難敵。「向こうはほぼA代表だったと思いますが、僕らが8人ということもあってか、それほど本気でやってこなかったような気がします。本気を出したのは後半の出足でディフェンスもハードになりイランの強さを見せつけられました」。それでもイランのその“強さ„を肌で感じられたことは貴重な経験として次に繋がるものだと思う。
「改めて大会を振り返ると、自分自身悩むことが多くて、予期せぬことも起きて環境的にもいいとは言えませんでした。(プレー面では)体の強さだったり、スキルだったりとかもそこまで成長したとは言えません。ただ8人になって、強くなきゃいけないというプレッシャーよりもっとシンプルに全てを出して戦おうと考えられるようになりました。そうしたらスーッと気持ちが楽になって、それがコートの上でも出たような気がします。精神面ではワンステップ強くなれました。それは断言できます」
9月5日、韓国遠征に向かう代表チームの中に辻の姿があった。この時点で10名に絞られたメンバーは、韓国チームとの練習試合後、敵地カザフスタンに向かうことになる。「八村塁と渡邊雄太が加わることは間違いない」と、フリオ・ラマスヘッドコーチが明言したアメリカ在住の2人は途中から合流する予定。(※八村は一足早く9月6日に合流)。また、膝の手術をしたニック・ファジーカスに代わってアイラ・ブラウンが起用される公算が高いが、それを含め最終メンバーの正式発表までしばし待たなくてはならない。だが、辻は言う。
「もしコートに立てたら、見ている人たちを巻き込むようなプレーをしたいです。胸の日の丸に誇りを持って全力を尽くすつもりです」――アジア大会で体験したそのすべてを糧に、さらなる高みを目指す気持ちにもう迷いはない。
韓国遠征メンバー
太田 敦也(三遠ネオフェニックス)
竹内 譲次(アルバルク東京)
篠山 竜青(川崎ブレイブサンダース)
辻 直人(川崎ブレイブサンダース)
比江島 慎(ブリスベン・ブレッツ)
田中 大貴(アルバルク東京)
張本 天傑(名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)
富樫 勇樹(千葉ジェッツ)
ベンドラメ 礼生(サンロッカーズ渋谷)
馬場 雄大(アルバルク東京)
アイラ ブラウン(琉球ゴールデンキングス)
八村 塁(ゴンザガ大学 ※アメリカから合流)
渡邊 雄太(メンフィス・グリズリーズ ※近日合流予定)
文・松原貴実 写真・三上太