「ウ~シ~ダァ~!(「ダ」にアクセント)」
試合中、何度その名前を聞くことか。
叫び声の主は小嶋裕二三。今シーズンのWリーグでチーム史上初のファイナル進出を果たしたデンソーアイリスのヘッドコーチである。
叫ばれているのは牛田悠理。6年目のパワーフォワードである。いや、文字どおりの “パワー”フォワードではない。身長181センチに対して体重は62キロ。トップリーグのスポーツ選手としては細い部類に入るフォワードである。
「潜在か、顕在かはまだ図りかねるところもありますが、能力は高い選手です。体が細い分、パワーには問題があるけど、それをカバーできるだけの運動能力を持っているので、かなり評価しています」
とは、小嶋ヘッドコーチの牛田評。
その言葉どおり、ファイナル進出を決めたトヨタ自動車アンテロープスとのセミファイナル第3戦では、高い運動能力を随所に見せていた。結果としてマイボールにはできず、小嶋ヘッドコーチも「その一発だけだったけどね」と笑いつつも認めた、遅れて飛び込み、それでいて誰よりも高い位置でボールに触れたリバウンド――これがセミファイナル第3戦中に小誌(小サイト)編集長が私に「あの選手、すごいね」と声をかけたプレイであり、翌日のコラム「ガンバレ、ウシダ~!」の一端になっている。
リバウンドだけではない。後のないトヨタ自動車が第4クウォーター早々にワンマンのファストブレイクとなり、久手堅笑美がレイアップシュートに行こうとしたところをブロックしたのも牛田だった。そのプレイは相手に傾くかもしれない流れを止める、貴重なブロックショットだった。
「あのファストブレイクは自分のちょっとしたパスミスから起こったものだったから、決めさせないという気持ちもありましたが、まずは自分が戻らなきゃという気持ちがすごく強かったんです」
牛田はそう振り返るが、男女を問わず、そうした場面でパスミスをした選手は往々にしてディフェンスに戻らないことが多い。もちろんその誰もが戻らなければならないと教え込まれているし、わかってもいるはずなのだが、ワンマンとなれば、つい諦めてしまう。しかし牛田は戻った。戻ったうえでブロックショットを成功させた。
「普段から小嶋さんが『最後まで追いかけて、最後まで頑張れ』と口酸っぱく言ってくれているので、それが体に染みついているというか、あの場面では体が勝手に反応してくれました」
これがデンソーを初のファイナルに押し上げた一番の要因なのかもしれない。絶対的な大黒柱であるセンター・髙田真希を中心に、アウトサイドにも藤原有沙、大庭久美子といった日本代表クラスを抱えているが、チームとしてはいまだ発展の途上にある。そうしたときに一つひとつの細かいプレイを、たとえ成功しなくてもやり抜こうという意思を見せると、それが結果として成功に結びつくこともあるのだ。
一方で、この日に限らず、牛田はミスの目立つ選手でもある。それが小嶋ヘッドコーチの「ウ~シ~ダァ~!」につながるわけだが、何度名前を叫ばれ、ベンチで地団駄を踏まれようとも牛田はめげない。
「むしろ名前を叫ばれているのは、『牛田ならできる』と思われているからだとプラスに捉えています(笑)。逆に叫ばれたことで自分が凹んでしまって、その後のプレイができないというのではチームもよくならないし、ベンチで試合に出られない人もいるので、そういう姿を見せるのはよくないと思うから、しっかり切り替えています」
むろん、やってはいけない場面で自分がミスを犯しているのだから、鋭く叫ばれてめげる資格がないことも牛田は理解している。小嶋ヘッドコーチもまた、チャレンジしているミスにまで叫んでいるわけではない。「牛田に足りないのは注意力」といい、前記のブロックショットのようにゲームへの集中力は高く保てているものの、注意力が不足しているからこそ、やってはいけない場面での簡単なミスが出てくるのだと分析している。
「もう少し外向きの注意力を払ってプレイすれば回避できるミスが少なくないんです。注意力が今の彼女の課題だし、それがあの『ウ~シ~ダァ~!』の叫び声につながっているんです(笑)」
それでも小嶋ヘッドコーチは彼女の成長を実感している。今や「ウ~シ~ダァ~!」と名前を叫ぶだけで、小嶋ヘッドコーチが何を指摘したいのか、理解してくれるというのだ。これは大きな進歩である。
初のファイナル進出を決めたデンソーの相手はJX-ENEOSサンフラワーズ。言わずと知れたリーグ5連覇中の女王である。レギュラーシーズンで一度勝っている相手とはいえ、舞台は最長で5戦をおこなうファイナル。世間の注目度もまったく異なる。特に優勝がかかるゲームになればその注目度はひときわ大きくなる。そのなかでデンソーはこれまでのような力を発揮できるかどうか。ファイナルが好ゲームになるための1つの大きなカギといっていい。
そこで牛田は、これまで通りなら渡嘉敷来夢をマッチアップすることになる。愛知・桜花学園高校の2学年下の渡嘉敷だが、今ではアジアを代表するセンターへと進化している。そう簡単に止められるものではないが、小嶋ヘッドコーチは牛田の能力に期待している。
「1点でも2点でもいい、1本でも2本でもいいから、渡嘉敷くんの得点とリバウンドを防ぐことですよね。それしかない。逆に牛田は攻めるチャンスもある選手だと思うんです。牛田なりの攻め方で攻めるチャンスがあると思うので、それを準備したいし、本人にこれならできるんだというところを早く見出してほしいですね」
そしてこう続ける。
「たぶん牛田も自分が成長しようとして、もがいていると思うんです。ただそのもがきが、がむしゃらにもがくだけではなく、わらをも掴む気持ちなら、そのわらを見つければいい。もう少ししっかりしたものが見えているのなら、それを見つければいいんです。でも彼女は自分でそれを見つけようとするよりも、来るのを待っているところもあるんです。そういう意味では欲を出して、『自分が、自分が』という気持ちを出すくらいが、彼女にはちょうどいいと思います」
牛田自身、セミファイナル突破を経てもまだ、その「何か」を見出していない。見つかっていないということはつまり、4月17日からのファイナルでそれを見つけることができるという意味でもある。それがセミファイナルを勝ち抜いた者の権利でもある。
日本のトップに君臨する渡嘉敷に引っ張られて、牛田はその才能を開花できるか――その瞬間まで小嶋ヘッドコーチはベンチの前で叫び続けるだろう。
「ウ~シ~ダァ~!」
第15回 Wリーグ プレーオフ ファイナル
- 4月17日(木)19:00~ @秋田県立体育館(秋田県秋田市)
- 4月19日(土)13:00~ @あづま総合体育館(福島県福島市)
- 4月20日(日)13:00~ @国立代々木競技場第二体育館(東京都渋谷区)
- 4月22日(火)19:00~ @国立代々木競技場第二体育館(東京都渋谷区)
- 4月23日(水)19:00~ @国立代々木競技場第二体育館(東京都渋谷区)
※5戦3先勝方式のため、第4、5戦は行われない可能性あり
※NHK-BS1にて放送予定
三上 太