文・松原 貴実 写真・吉田 宗彦
12月20日に行われたNBLトヨタ自動車アルバルク東京vs熊本ヴォルターズの第2戦でNBL10位の熊本が同2位のトヨタ東京を80-61で破る金星を挙げた。
1Qに21-17とリードを奪った熊本は2Qに35-35の同点に追いつかれるも、後半には機を見て用いたゾーンディフェンスでトヨタ東京を失速させ、攻めては#2高島一貴のアウトサイドシュート(4Qだけで10得点)などで確実に得点を重ね、終盤一気に突き離した。
72-90で敗れた前日の第1戦は、前半をほぼ互角に戦いながら、後半立ち上がりのミスが響いて水を開けられた。二桁のビハインドを一時は6点まで縮める追撃も見せるも「肝心なところであと1本が出ない。逆にトヨタさんはここ1本を決めてくる強さがある。そこが地力の差なのかなぁ」と、清水良規ヘッドコーチは首をひねった。だが、その清水ヘッドコーチも2戦目快勝のあとは満面の笑顔。「いつも今日ぐらいシュートが入るといいのだけどね」と軽口をたたきながらも「今日は思いのほかゾーンが効いた。あれが1番の勝因かな。選手たちも最後まで気持ちを切らさず戦ってくれて、これ以上ないと思える勝ち方ができたと思います」と、会心の勝利に100点満点を付けた。
2位のトヨタ東京を破ったことは確かに“金星”と言えるだろうが、今季の熊本は10月に千葉ジェッツに2連勝し、11月に日立サンロッカーズ東京から1勝をもぎ取るなど“侮れないチーム”の片鱗を見せていたのも事実だ。清水ヘッドコーチ自身も「少しずつ、少しずつチーム力が上がってきている」という手応えを感じていた。
外国籍選手の強化によりインサイドで互角の勝負ができるようになったこと、高島一貴の移籍加入で得点力がプラスされたこと、チーム力アップの要因は幾つか挙げられるが、中でも清水ヘッドコーチが目を細めるのはルーキー古野拓巳の活躍だ。「古野は期待以上に頑張ってくれていると思います。大学まではほぼ無名と言っていい選手ですが、ガードとして非常にいいものを持っている。去年アーリーエントリーしてからから経験を積み、今では新人らしからぬ働きでチームを牽引してくれています」
無名選手からプロ選手へ
古野は福岡県出身。小学2年生からバスケットボールを始め、中学でもバスケット一色の生活を送った。さらなるステップアップを目指して強豪・福岡第一高校の門を叩いたが、有力選手がひしめき合うチーム内でレギュラー入りできるほどの力はなかった。
「レギュラーどころか、高校3年間はずっとBチームにいて、そこで毎日、毎日、ひたすらチーム練習と個人練習に励んでいました。3年間、毎日、毎日(笑)」
高校卒業後は地元福岡の日本経済大学に進む。1年生の後半からスターティングメンバーに入り、「試合に出られることが楽しくてしかたなかったです。3年と4年のときはリーグ優勝も経験できました。インカレにも4年間出場して、全部1回戦負けでしたが、それでも貴重な経験だったと思っています」
とにかくバスケットが大好きで、大学を卒業したらプロ選手になりたいという思いは膨らんでいったが、果たして自分がプロとして通用するのか、確固たる自信があったわけではない。「それでもプロを目指したい、挑戦したいという気持ちに変わりはありませんでした」(古野)
その思いを胸に臨んだのは九州で行われた『プロバスケットボールチャレンジキャンプ』だ。そこで見せた古野のプレーが熊本のコーチ陣の目に止まった。
「しばらくして熊本からアーリーエントリーで来てほしいというお話をいただき、ものすごくうれしかったです。プロ選手としての道が拓けたというか、その先の不安よりも喜びの方がずっと大きかったです」(古野)
最初はプレータイムももらえないことも覚悟していた。心に決めていたことは「時間がかかっても、先輩たちのプレーから沢山学んで一歩ずつ成長していこう」ということだ。
ところが、古野が試合に起用されるまでそう時間はかからなかった。アーリーシーズンから早々とコートに立ち経験を積むと、今シーズンは文字どおり『司令塔』としてチームを任された。今では30分を超すプレータイムも珍しくない。
「どの試合でもマッチアップする人は、僕が学生時代に月バス(月刊バスケットボール)で見ていたような選手ばかり。経験、技術、バスケットIQ、すべてにおいて自分は劣っていると思います」
だが、そんな自分でも向かっていく気持ちだけは負けたくない。
「相手はみんなすごい選手ですけど、気持ちで引くことはありません。というか、今はとにかく無我夢中です(笑)。ただ、リンク栃木(ブレックス)と戦ったときは田臥(勇太)さんに圧倒されて、何もさせてもらえませんでした。やっぱりすごい選手です。本当にすごいです」
そして、今、自分はその『本当にすごい選手』とNBLという同じ土俵に立っているのだ。
「ガードとして自分の武器はなんだろうと考えたとき、正直言って、まだ自信を持ってこれと言えるものはありません。だから、今は自分にできることを精一杯やるだけです。ディフェンスもリバウンドもルーズボールも身体を張って頑張る。うちにはいいシューターもいるので、自分が果敢にドライブして少しでも多くノーマークを作る。あれだけインサイド陣が頑張っているのだから、僕もそれに応えないわけにはいきません。負けた試合はしっかり反省して、次の試合につなげたい。そうやって一つずつ経験を積んでいくことが今の自分には必要だと思っています」
今回のトヨタ東京戦でも敗れた1戦目のあと「前半は互角の戦いができていたのに、3Qの出だしで僕がターンオーバーを連発して流れを崩してしまった。単独のミスであり、100%自分の責任です。明日はそこを修正して同じミスを犯さぬよう(ゲームの)入り方には十分気をつけていきたい」と語っていたが、そのことばを実証するように、2戦目では仲間を活かすアシストパス(11本)、ここぞというときの3P(13得点)でチームに流れを呼び込んだ。
178cmと小柄ながら、当たり負けしないがっしりとした体躯を持つ。試合に出られなくとも黙々と練習に励んだ高校の3年間が選手としての基礎を身に付けさせてくれたのかもしれない。
「今、プロとしてプレーできることはうれしいし、楽しいし、幸せです。もっと力をつけてチームを勝たせるガードになることが目標です。最後のシュートに何かしら関わっていく選手、それは自分がシュートを決めるという意味だけではなく、オフェンスリバウンドを取って誰かのシュートにつなげるとか、そういう大事な1本を生み出す選手、そういう大事な1本に携わる選手でありたいと思っています」
今年の試合は残すところあと3つ。12月23日の対レバンガ北海道、26日、27日の対東芝ブレイブサンダース神奈川。いずれも強敵だか臆することはない。「思いっきりぶつかって勝利したい。その手応えを持ってオールジャパンに臨みたいです」――インタビューの最後に見せた笑顔には、新人らしい初々しさと、新人らしからぬ不思議な頼もしさがあった。