Bリーグ元年、地元・大阪に舞い戻った木下博之選手(大阪エヴェッサ)は、優勝のため自らの得点力を封印してでもチーム力アップへと注力している。それはまさにベテランだからこそできる、心の余裕でもある。一方で体力はといえば……四捨五入をしたら40歳、いわゆるアラフォープレイヤーとなった木下選手の体力にまつわる、もうひとつの顔――
――40歳が少しずつ近づいてきています(36歳)。体の変化は感じますか?
木下 すごく感じます。やっぱり疲労の回復度合いが全然違いますね。そんな話を以前から聞いてはいたんですけど、気持ちの問題なのかなと思っていたんです。でも実際はそんなこともないっすね(笑)。
――かなりケアをされている?
木下 はい。僕は30歳くらいまでケアなどをいっさいしてこなかったんですよ。たぶんチームで、いやリーグでも一番やっていなかったんじゃないかっていうくらい、やっていませんでした。練習や試合が終わったら、すぐに家へ帰る。でも30歳を超えてからは、ちゃんとしとかなあかんなって。31歳か、32歳のとき一度左ヒザの半月板を損傷してからはかなりケアするようになりました。
――噂によると木下選手は大の銭湯好きだと聞きました。
木下 大好きです。昔から好きですし、今に至っては試合のない日は毎日行っています。試合のある日はさすがにいけないので……あ、でもホームゲームのときは行っていますよ。遠征以外は毎日行っています。
――え、今日も行きますか?
木下 はい。このあと、夜行きます。
――あの……木下さんのおうちにお風呂はありますよね?
木下 ありますよ(笑)! むしろ、お風呂メインで家を買ったくらいです。
――メイン? ということは大きいのでしょう? にも関わらず銭湯?
木下 はい、毎日一人で行っています。
――あれ、大阪に戻ってきた理由の1つに家族と一緒に過ごすためって言っていたではありませんか……いいんですか(笑)?
木下 いや、治療目的でもあるし、コンディション目的でもあります。一人でリラックスする時間を作っているというか、銭湯のなかでバスケットのプランを考えたり、「こういうことをしていこう」とかいろいろ考える時間も必要なので、そういう意味で毎日行っています。
――もしかして行きつけの銭湯があるとか?
木下 ありますよ。日立(現サンロッカーズ渋谷)に在籍していたときも柏(千葉)で見つけて行っていたし、和歌山のときもあったし、ホントずっと行っています。
――30歳までケアをしていなかった木下選手の唯一のケアが銭湯だった。
木下 そうかもしれませんね。特にパナソニック時代って、40分近くプレイタイムがあったんですね。2連戦の初日の試合が終わるとすごく疲れるんです。そのときも銭湯で疲労を回復して、次の日に臨むようにしていました。
――木下選手が15年、トップリーグでプレイし続けられているのは銭湯の力が大きい。
木下 大きいです。今の家の近くには、車で行ける距離ですけど、いわゆる「スーパー銭湯」が5軒くらいあるんですよ。
――まさか、それも家を買うときにリサーチしていたとか?
木下 いえ、それはたまたまッス(笑)。そのうちの1軒にずっと行っています。
――ジャグジー、打たせ湯、サウナ、釜風呂……
木下 あとは炭酸風呂とか。僕はだいたい1時間半から2時間くらい入っています。ただずっと湯船に浸かっているわけではなく、水でケアをするんです。水と湯船の「交代浴」をするので、それだけで結構時間を食ってしまう。ホンマに毎日行っていますよ。店員さんも覚えてくれているし、お客さんも「またこの人来てるな」って思っていると思います。
――常連さんですね。それくらい好きだと。
木下 はい。でも遠征ではもちろん行けないから、入浴剤を使っています。で、「入浴剤が好き」って言ったら、ファンの人がめっちゃくれて、昨年だけで何百個といただきました。どこの入浴剤がいいとか、そういうこだわりはありません。いつもくださる方は、毎回変わったものをくださいますし、36歳のときは36個入浴剤をプレゼントしてくださいました(笑)。
ファンの中では公然の事実だったようだが、木下選手が「銭湯好き」という噂は事実だった。若いころこそ、マッサージ等のケアはしていなかったそうだが、銭湯で交代浴をするなど、自らのペースで、自らの好みに合わせて、知ってか知らずか体をケアしていた。だからこそ15年間、リーグのトップを走り続ける強靭な体を維持できていたのだろう。
――体と気持ちの変化以外に、年齢を重ねて、バスケットのおもしろさに気付くことはありますか?
木下 30歳くらいが、プレイでも一番変化したときかなって思います。経験的にもトップリーグのバスケットに慣れてきたんです。若いころは思い切りプレイしながら、どこかでビビっていたところもあったんですけど、そういうものがなくなってきました。ルールがオンザコート1になったこともあって、日本人にも得点を求められるようになったんです。それこそ自分の持ち味を発揮できる場面ですし、30歳くらいがプレイに一番余裕が持てるようになったときじゃないかなって思います。前後して専門誌でセツさん(節政貴弘氏。東芝(現川崎ブレイブサンダース)で活躍したポイントガード)が「30歳くらいからが一番バスケットがおもしろくなった」と言っていたんです。確かにそうだなって思いましたね。
――心の余裕がバスケットの面白さを引き出している。
木下 そうです。もちろんその分大変さもあるんです。周囲から「なんで得点を取らへんねや?」って言われることも増えましたし、プレイスタイルが変わったことへの、周りからの目もありますから。でもそこは気にせず、自分のやりたいことをやっていこうかなと思っています。
――最後にリーグの真っ只中にこんなことを聞くのは大変恐縮ですが、引き際、つまりは引退って考えますか?
木下 常に考えていますよ。それは心が保てなくなったときだと思います。まだ動けるし、やれますけど、自分の心が「もうええかな」と思ったときが引き際だと思っています。でも根っからの負けず嫌いだから「なんであいつにできて、オレにできへんねん?」という意識も強いので、今もそれで自分を保っていますし、まだリーグ優勝をしていませんから。そこは優勝したいなって思います。
年齢を重ねるにつれて、バスケットの面白さ、奥深さを知り、それらに挑んでいく木下選手。心の若さ、気持ちの“体力”はまだまだ若い者には負けん、といったところか。それが疲れたときには、行きつけの銭湯が木下選手を癒してくれる。
2016年は12月30日までホームゲームがあり(終わったら銭湯に行けますね)、正月はチームとして初のオールジャパンに挑む。大阪エヴェッサは4日の2回戦からだ。大晦日、元日は銭湯でその戦い方を沈思黙考しよう。
全国浴場組合の方、こんな木下選手に「アスリート銭湯大使」を任命してはいかがでしょう? もしくは木下選手、社団法人日本銭湯文化協会が「銭湯検定」を実施しているそうなので、疲れたときはリフレッシュも兼ねて、受験してはいかがでしょうか?
木下選手のアグレッシブで、クレバーなプレイを見ていたいファンは――筆者もその一人だが――まだまだ多い。
キノさん、時間っっっですよぉぉぉ! (平成生まれの若い読者にはわからないだろうなぁ)
文/写真・三上 太 写真・泉 誠一