頼みの綱を失ったことで、張り詰めていた糸が切れ、一気に引き離されてもおかしくはなかったが、山口は決して諦めなかった。プレストンに代わって入った松田優大のドライブと、パクセジンのバスケットカウントで追いすがる。2点ビハインドの残り13.8秒、アウトオブバウンスでマイボールとなると、山口は最後のタイムアウトを取る。
富田が概ねデザイン通りにトップから放った3ポイントはエアボールになるが、それを取った松田はすぐにウィングにキックアウトし、ボールは3ポイントラインの外にいた吉川の手に渡る。
「めっちゃ時が止まってましたね。スローモーションみたいな感じ。無心というか、ボールが来て『フリーだ、これ決めたら勝つぞ』って思ったんですが……『申し訳ない』の一言しかないです」
ボールがリングに弾き返されるのを見て、吉川は天を仰いだ。77-79。初めてのプレーオフに意気揚々と乗り込んだ山口パッツファイブのチャレンジに、ここで幕が下ろされた。はるばる駆けつけたブースターの一団に視線を送った吉川の目は、涙でにじんだ。
「本当にメンタル的に一番成長したシーズンでした。以前は何かあったときに人のせいにしたり審判のせいにしたり、顔を下げてしまう選手が多かったですが、今シーズンは何がなんでも食らいつく、倒してやるという気持ちが成長したんじゃないかと思います」
鮫島和人ヘッドコーチがそう語った通り、今シーズンの山口は戦う姿勢を失わなかった。敗れたとはいえ、この日の試合内容は山口が一つの壁を越えたことを証明するには十分なものだったと言えよう。主力を欠いてなお、レギュラーシーズン1位の相手を苦しめたことも、日頃から「やり続けること、やり抜くこと」を説いてきた鮫島HCの檄の成果。「プロである以上、ただちやほやされるだけでなく、戦い続けないといけない。なかなかプレータイムがなかったセジンや松田がファイトしてくれて、今日は良いゲームができた」と、チーム全員の積み重ねが強敵に立ち向かうマインドを育んだ。吉川によれば、「『(外国籍の)2人がいないからこそ、何かを起こそう』という話がカズさん(鮫島HC)からあって、そこからみんな気持ちを整えてきた。控え室から全然雰囲気が違って、やる気に満ちあふれてるなと思いました」と高ぶるものがチームを包んだということだ。
振り返れば、2月までに5連敗が3度あり、決して順風満帆だったわけではない。吉川も「負けが続いたときは『厳しいな』という雰囲気があった」と認めている。しかし、「カズさんが口酸っぱく言ってくれたおかげで、誰も下を向かずにやれた」とも証言。山口も「HCが嫌な役割をやってくれて、それでチームもまとまってる」と、指揮官の叱咤がチームの土台を作っていった感覚を持っていた。鮫島HC自身、厳しい姿勢で選手たちと向き合ってきた自覚があり、それに応えた選手たちに感謝している。