本人の口から出た通り、谷口は開幕前に今シーズン限りでの引退を表明している。クラブ公式からのリリースで明かされていない詳細を、谷口は語ってくれた。
「上手いか下手かではなくて、どれくらい成長できるか、そこにどれだけ熱量を注いで努力できるかということに重きを置いて9年間プレーしてきました。チームにアジャストするのも大事なことですが、それとは別に、自分に足りないところを練習で一つずつ埋めていくという作業がすごく楽しかった。昔はインサイドしかできなかったのが今では外回りの選手にもディフェンスでつけるようになって、この先も目指したい姿がありましたし、そこにプロでプレーするモチベーションがあったんですが、練習についていくのが必死になったり、コンディションを上げるために自主練を制限しなきゃいけない状況になって、このまま自分の貯金を食いつぶすよりは、次のステージに進んだほうが良いんじゃないかというのがありました。いろいろ理由はあるんですが、一番は自分の体との相談という感じです。現在地よりも目的地を大切にしてきた中で、そこに歩むのが難しくなってきたので、潔く『今シーズンで燃やし尽くそう』と。このチームに何かカルチャーを残せたらと思って岩手から来た中で、『どうしようかな』とあと1年ダラダラ考えるよりは、始まる前にスパッと決めて、覚悟の上でやろうと思ったんです。良いシーズンにするために先に発表しようと思ったのと、あとは単純に今までいた4チームのファンの人たちに、シーズンが終わってから『引退します』と言うのは悪いと思ったんですよ。これは定型文でも何でもなくて、僕は下手な選手だったし、ファンの人たちにめちゃくちゃ助けられてきたので、ちゃんとお礼を言えるシーズンにしたかったんです。今回も岩手のファンが来てくださったんですが、そういう人たちに会場で挨拶したいというのがあったので」
同志社大卒業後、一旦は実業団の三井住友海上に進みながら、一念発起してプロの門を叩き、西宮(現・神戸)ストークスに入団したという経緯がある。その後ライジングゼファー福岡から岩手、横浜EXと渡り歩いたプロ生活に、谷口は何の後悔もない。
「いろいろ試しながら自分の理想を追い求めるというのは、うまくいかないことのほうが多かったですが、道筋を立ててチャレンジしたこと、試行錯誤したこと、いろんな仲間と出会えたことは僕にとってすごく財産になりました。会社を辞めてチャレンジして良かったなと思ってます」
横浜EXのホーム、横浜武道館のミックスゾーン(インタビューエリア)はロッカールームから1階に降りるエレベーターの前に設けられている。筆者の取材に応じている間、目の前を通りかかった西山達哉と増子匠には「『やっぱり辞めない』って言うんじゃないの」と言われ、岩手の鈴木裕紀ヘッドコーチや選手にも冷やかされた谷口は「早よ帰って!」と応戦しながら、どこか嬉しそうだった。多くの人から必要とされてきた谷口の選手としてのキャリアは、あと2カ月半ほどで終焉を迎える。その雄姿を目に焼き付けておくのは今しかない。
文・写真 吉川哲彦