前田HCは、時として大胆な采配を披露することもある。長崎がB2に所属していた昨シーズン、アウェーの越谷アルファーズ戦で劣勢に立たされた時間帯に、前田HCはギブス、野口大介、マット・ボンズ、ジョーダン・ヘディング、ウィタカケンタというラインアップを起用したことがあった。ヘディング以外の4人がインサイドを主戦場とする選手であり、普通であれば成立しにくい構成。最終的に試合は敗れたものの、このラインアップを組んだ3分弱の時間帯は5点ビハインドから一旦追いついた。試合はおろか、練習でも試したことがないという組み合わせを「ゲームの流れが難しい状況になっていて、このまま持っていかれる可能性があると思った。どこかでアドバンテージを取りたいと思ってサイズアップしました」とぶっつけ本番で実行に移したところに、前田HCの度胸の良さが見える。それもまた、伊藤代表兼GMが前田HCを高く評価している点だ。
「バスケットボールはポイントガードがいて、シューティングガードがいて、というような既成概念にとらわれず、状況に適したラインアップが組める。そこは、ヴェルカの『HAS IT』スタイルの『I』(イノベーティブ)の部分ですね。彼がヴェルカスタイルをよく理解して、それをコーチングで表現してくれているのは、ヴェルカにとってすごく大きいですね」
シーズン序盤に好結果を残し、B1で戦う力があることを既に証明している長崎だが、これまでも常に成長を期してきたチームは、どんなときも気を緩めず、ただひたすらに積み上げていくことだけを考える。伊藤代表兼GMも、「可能性はあるチーム」としながら「NBAにしろBリーグにしろ、可能性で終わってしまうチームもあったと思うので」と気を引き締め、これまでの姿勢を崩さないことが最も重要だと説く。ヴェルカスタイルは、決してブレない。
「我々はあくまでもチャレンジャー。勝ち負けに一喜一憂せず、過程に集中するというところは気をつけなければいけない。いろんな方に『良いチームだね』と言っていただけるんですが、まだまだです。尖ったスタイルがあって、面白いバスケット、魅力のあるバスケットというのは間違いないと思いますし、勝てるバスケットでもあると思います。ただ、今勝てるバスケットをしているか、強いかといったらそれは別だと思ってます。
前田(HC)は30勝という数字を挙げるにあたって、“目標” ではなく “ターゲット” という言葉を使いました。30勝で満足するのではなく、どれだけ早くそこに辿り着けるか。それが早ければ早いほど、プレーオフを狙うチャンスが生まれる。B3のときから、ヴェルカスタイルをどれだけ磨くか、その中で個人をどう磨くかということに集中できたのがこの2年間だったので、今シーズンもそこは変わらずに、プロセスを大切にするチームでありたいと思っています」
文 吉川哲彦
写真提供 長崎ヴェルカ