引退表明後は大学の後輩でもある呉屋貴教が主宰するスクールに誘われ、富山に残ってコーチとしてのキャリアをスタートさせる。といっても、「教えられるのかなという不安はあった。一応ライセンスは持っていたし、呉屋も『大丈夫ですよ、やってみましょうよ』と言ってくれたので」と証言するように、必ずしもコーチ業に前のめりだったわけではないが、教えることの喜びはすぐに感じることができた。
「最初は中学生を見たんですが、部活では教えられていないことを教えて、それが試合でできるようになって、本人も親御さんも喜んでいるのを見るとやっぱり嬉しくなりますよね。一生懸命練習する姿に『自分もこんなことやってたなぁ』って昔を思い出したりもしましたしね」
そんな喜びを感じ始めたところに、群馬クレインサンダーズからU18ヘッドコーチのオファーが届く。ユースからトップチームへというコーチとしての目標も浮かんできていた山田はこれを受諾。今は、教えることの難しさを実感し、指導方法を模索する日々だ。
「ルーズボールを追えとか諦めるなとか、毎日同じことばっかり言ってます。それってコーチ陣がいくら言ったところで、本人がやる気を出さないとできないことじゃないですか。試合をするのは選手だし、彼らはロボットじゃない。言い訳せずにやらないと、結局は自分に返ってきますから本人次第なんですが、僕は言い続けます。今はまだうざがられてますが(笑)、僕が高校や大学のときなんてもっと生意気でしたからかわいいもんですよ。後悔はさせたくないので、どうやったら彼らがやる気を出してくれるかを日々考えますね、そうでないと彼らがここにいる意味もない。サンダーズのU18という看板を背負ってるわけですから」
山田の現役時代の夢はオリンピックだった。今も「指導者として入るチャンスはある」とその夢を捨てず、さらには自身の代わりにそのコートに立つ選手を育てたいという野望もある。本格的にスタートを切った山田のコーチングキャリアは、はたしてどのようなものになるだろうか。
文 吉川哲彦
写真提供:群馬クレインサンダーズ、富山グラウジーズ