プロスポーツの世界では、出場機会に恵まれなかった選手や成績を落とした選手が他チームに移籍して輝きを取り戻すことが往々にしてある。プロ野球でいえば「野村再生工場」と言われた1990年代のヤクルトがそれに該当し、近年の日本バスケット界では2018-19シーズンに新潟アルビレックスBBに移籍し、五十嵐圭とともにシーズンMIPを受賞した柏木真介(現シーホース三河)がその代表例と言っていいだろう。
ただ、丸1シーズン以上プロの舞台から離れていた選手が再び第一線に返り咲くケースは非常に少ない。ことBリーグにおいては、特別指定選手を含めても各クラブ最大15人しか保有できず、新陳代謝も活発。クラブ数は多くても、ブランクのある選手にはなかなか目を向けられないのが現状だ。
それでも、今シーズンは「再生工場」としての側面を持つクラブが現れた。B3参入初年度の長崎ヴェルカは、昨シーズンB1に籍を置いていた選手を7人獲得したことでファンを驚かせたが、その一方で昨シーズンBリーグのコートに立つことができなかった選手も2人迎え入れている。
その1人、近藤崚太は常葉大学在学中の2019年2月に三遠ネオフェニックスの特別指定選手となり、わずか1試合だけとはいえB1の舞台も経験。翌2019-20シーズンは自身の地元クラブでもあるB3ベルテックス静岡の一員としてプロキャリアをスタートさせたが、1シーズン限りで退団となり、2020-21シーズンはBリーグの舞台から離れていた。
しかし、長崎との契約を勝ち取った今シーズン、近藤はブレイク。開幕2戦目に12得点を挙げると、開幕3戦目からはスターターに抜擢されて持ち味のシュート力を発揮。10月24日の東京八王子ビートレインズ戦では3ポイント7本を含む26得点を叩き出し、11月14日のトライフープ岡山戦では3ポイント16本中10本成功、フリースロー5本全て成功で35得点。その後は再びベンチスタートに回っているが、豊富な戦力の中でも存在感を放っている。
「常にハードワークしてくれますし、3ポイントが得意なのでそこに注目されがちですが、ドライブやパスも上手くていろんなことができる選手」と近藤を評するのは伊藤拓摩ヘッドコーチ。実は近藤の獲得については、GMも兼ねる伊藤HCに対して近藤のエージェントを務める人物から何度もアプローチがあり、「1回見てみよう」ということになったという。その際に伊藤HCは近藤にバスケットセンスを感じた一方で「はたして我々が目指す激しいディフェンスに合うのか」という懸念も抱いたというが、ディフェンスを担当する前田健滋朗アソシエイトヘッドコーチも交えてコミュニケーションを取った結果、明確に改善が見られたとのこと。その裏に「なんとしてでも長崎で、Bリーグでプレーしたい」という必死さが見えたことが、近藤を獲得する決め手の一つとなった。
近藤がスターターに抜擢された理由もシュート力以上に、ディフェンスのチームルールを遂行できることが評価されてのもの。「そんなにディフェンスは上手じゃないですが」と自ら語る近藤の力を引き上げたのは、この世界で生き残りたいという強い想いとクラブへの感謝だ。
「Bリーグでプレーできなかったあの1年は本当に地獄でした。あれだけ苦しい思いをしているから、肉体的にしんどいと思うことはあっても精神的にしんどいと思うことはなくて、バスケットができないことに比べれば怖いものはない。ヴェルカは僕のバスケット選手としての命を救ってくれた恩人。バスケットができることは本当に幸せなことで、今は長崎のためにやれることを、ディフェンスでもルーズボールでも何でもやってやろうという気持ちです」