── 良い関係が築けている手ごたえはありますか。
ありますよ。最初のころは怖がられていたのか話すときも目を合わせない感じだったんですが、今では「おい、舐めとんのか?」と冗談が言えるレベルになりました(笑)。僕がいつも彼らに言っているのは「おまえらが一生懸命やるなら俺はなんぼでも付き合う。とことんサポートする」ということです。時には厳しいことも言いますし、締めるところは締めるようにしていますが、よく付いてきてくれてますね。うまくいかないとき『腐る』とか『腐らないように頑張る』とか言うじゃないですか。僕は前からその表現に違和感があって、まだ花も咲いてないのに腐るってどういう意味だよって思うんですよ。花を咲かせるのにはやっぱり時間がかかるじゃないですか。雨の日もあれば風の日もあって、その中で頑張る。腐ってる暇なんかありません。ていうか腐りようがない。今、僕は若い選手たちに水をやって花を咲かせるサポートをしているわけですが、その過程で腐るなんておこがましいわと言ってます(笑)。コーチ1年目の僕も(コーチとして)なんの花も咲かせていませんから、一緒に頑張っていこうなと伝えていますね。
── 大学院は今も通っていらっしゃるとお聞きしましたが、アシスタントコーチの仕事に役立つことは多いですか?
多いですね。大学院ではバスケット以外のスポーツの方と話す機会も多いですし、海外のコーチングのことも学べるのですごくためになっています。現役時代にはわからなかったことを知るのは楽しいし、そこからたくさんの気づきを得ることができます。
── たとえば?
たとえば自分が選手としてやってきたことの中には正しいこと、やるべきことはありましたけど、誰にとってもそれが正しいわけではない。やっぱり人がするスポーツなので、自分の正しさが他の人の正しさとは限らないんですね。だから(コーチとして)選手に何かを伝えようとするときも人それぞれで、こっちの選手には伝わってもあっちの選手には伝わらないことがあるわけです。必要なのは自分が経験してきたことをうまく落とし込む方法を知ることで、それにはもっと自分の引き出しを増やさなくてはと思っています。
── 現役時代の木下さんは練習でも試合でも “手を抜かない選手” という印象がありました。コーチの立場になったとき「なんでもっと頑張らないんだ」と思ってしまうようなところはないですか?
多分現役を引退してすぐコーチの仕事に就いていたらそういうふうに考えていたかもしれません。でも、1年間自分を見つめ直す時間があったおかげで考え方が変わりました。自分が一生懸命やってきたことは決して悪いことではありませんが、それは僕の一生懸命であって、他の人の一生懸命とは違うんですね。ひと言で『頑張る』と言っても、人によって『頑張り度』は違うんだということに気づきました。
── 『頑張り度』を測るものさしは1つではないと?
はい、一見頑張りが足りないように見えてもその人なりに一生懸命やっているのかもしれない。あたりまえですがみんながみんな同じじゃないんです。さっき言われたように現役時代の僕は一切手を抜かずガツガツやるタイプでしたが、それが誰にでも当てはまるわけじゃないんですね。俺はそうやってきたからおまえもやれというのは違うんです。選手の性格、プレーの特性を見ながら1人ひとりと向き合うことの大切さを感じています。
後編「選手として日本一を経験したから今度はコーチで日本一になりたい」へ続く
文 松原貴実
写真 安井麻実