選手との信頼関係がなくては成り立たない仕事
これからは赤穂雷太、佐藤卓磨、ラシード・ファラーズなど若手選手のフィジカル強化に取り組んでいきたいという多田さんだが、そこで1つ疑問が浮かぶ。12人いる選手のトレーニングメニューはそれぞれ違うのか?違うとすれば1人ひとりのコンディションに目を配り、足りないもの、必要なものを視野に入れ、選手に合ったトレーニングメニューを考えるのは容易ではないはず。全て多田さん1人で行っているのだろうか?
「そうですね。なるべく個人でやるようにしています。と言っても全員が全く違うメニューになるわけではなく、重複する部分はたくさんあるんですよ。だから、やろうと思えば5人まとめてできないこともない。ただ、僕はそれが嫌なんですね。人数を増やしたことで(個々と)思うようにコミュニケーションが取れなくなるのが嫌なんです。僕たちの仕事は選手に信頼してもらって初めて成り立つもので、人間関係が全てだと思っています。選手が今どういう状況で、何を感じていているのかといったことを知るのはコンディションづくりの上で非常に大事。プライベートな部分、たとえば昨日嫁とケンカしたとか、そういったこともひょっとしたらコンディションに関係してくるかもしれません。昔の話になりますが、実際彼女にふられたことでメンタルブレイクしてしまった選手もいたんですよ。仮にそういう選手を5人まとめたトレーニングの中に入れてしまったら当人のモチベーションがさらに落ちる可能性があります。身体づくりのトレーニングの中にはメンタル面も大きく関わってくるんですね。単に選手とS&Cコーチの間柄だったら、プライベートのことはわかりません。だから、僕が常に心掛けているのは選手とのコミュニケーションを大事にすることです。今はコロナ禍でちょっと機会が減っていますが、選手とは個別でよく食事に行きますし、そこでいろんな話も聞きます。シーズンが始まると週に1度は全員の身体を触って不具合がないか確かめますし、気になる選手がいればトレーニングのメニューに改善策を落とし込むようにしています。さっきも言ったように12人のメニューの中に重複するものはありますが、細かいことを言えば12人には12通りのメニューがあるわけですね。限られた時間の中で大変な面はありますが、僕はそれをできる限り個別で見ていきたいんです」
とは言え、向き合った選手に辛いトレーニングを課すのがS&Cコーチの仕事でもある。「そうそう、そうなんですね。選手に嫌われるのが僕の仕事なんですよ。だからこそ人間関係が大事になるんです」。つまり、それは『この人はきついトレーニングばかりさせるけど、誰より自分の身体を知ってくれている』という信頼関係を築くこと。「まぁ、それでも選手にとしてみれば辛いトレーニングを課す僕は嫌なコーチかもしれないですけど(笑)。けど、なんていうか、信頼されれば関係性も変わるわけで、同じ“嫌な人”でもいい意味での“嫌な人”になれればいいなと。むしろいい意味で嫌われる人でいたいなと。そんなふうに思いながら厳しいトレーニングをやっています(笑)」
常に選手の身体と向き合い“1番いい正解”を探し出す(後編)に続く
文 松原貴実
写真 B.LEAGUE、千葉ジェッツ