── 『ビッグマンが走るスタイル』というのはその後に進まれた日本体育大学も同じですね。
そうです。高校、大学と7年間走るバスケットを続けてきたことで走力はついたと思います。ただ大学では葛藤がありました。というのは大学に入ってもまだ身長が伸びていて、そのせいかどうかわかりませんがなかなか肉が付かなかったんですね。それに比べて周りの選手の身体はどんどん大きくなっていく感じでインサイドでも当たり負けするのを感じていました。そんな自分が4番、5番ポジションをやるのは厳しいんじゃないかと考えるようになって、ある日、外から3ポイントシュートを打ってみたんです。そのとたん「何やってんだ」と怒鳴られました。「リバウンドを取るために中にいるおまえが外に出て3ポイント打ってどうするんだよ!」と、すごい勢いで怒られたんです。以来2度と3ポイントは打たなくなりましたが、それは自分が目指したい方向とは違っている気がして悩みましたね。めちゃめちゃ葛藤しました。
── 野口さんは大学卒業後、大塚商会を経てレラカムイ北海道に入団されましたが、外からのシュートを意識し始めたのはそのころからでしょうか?
そうですね。レラカムイ北海道の初代ヘッドコーチは東野智弥さん(JBA技術委員会委員長)なんですが、入ってすぐ「野口、これからの日本のバスケットは大型化を図らなきゃいけない」と言われたんです。「レラカムイでは桜井良太(194cm)をポイントガードとして育てようと思っている。おまえや加藤吉宗(202cm)みたいなビッグマンも外からシュートを打てるようにならなきゃいけない。野口、これからおまえは3ポイントを打て。俺がシュートを見てやるから1日100本は必ず打て」ってあの高いテンションで言われて、おおお~!とぶっ飛びました。
── ぶっ飛びながらも自分が目指す方向が明確になった気がしたのではないですか?
はい。もともとシュートを打つのは好きだったし、その日から本当に練習で毎日100本以上打つようになりました。そうするとだんだんシュートの感覚がわかってくるんですね。自分が目指す『3ポイントも打てるビッグマン』というのが徐々に出来上がっていったように思います。今のサンロッカーズの練習でもシュートはめちゃくちゃ打っていますよ。
37歳の仕事人。「今の自分が1番いきいきしている」(後編)
『チームを勝たせる“つなぎ役”を目指す』へ続く
文 松原貴実
写真 B.LEAGUE