part2「『努力できること』を武器に成長していった4年間」より続く
スポーツの世界では、いかなるスーパースターであっても永遠にスポットライトを浴び続けるわけにはいかない。いや。むしろ長い競技生活の中でチームの主力としてライトの真ん中に立つ時間はそう長くないのかもしれない。正中岳城も然り。連続出場が途切れた8シーズン目の3月には肺に穴が開く『気胸』を患い、練習はおろかチームに帯同できない寂しさも味わった。13年前、上に向かって伸びていった曲線が緩やかに下降し始めた感覚。この時期、彼の胸にあったのはどんな思いだったのだろう。
“引退”は次のステージに向かう切符
「自分のキャリアの中で初めて迎えたプレータイム0の試合。とうとう自分にその試合がやってきた。でも、それがすごく辛かったかと言えば、そうでもないです。ある意味そうなることは自然の流れだし、8シーズン目を迎えるにあたり、チーム編成が次のフェーズに進むことは伝えられていたこともあり、どこかで覚悟していた部分もあったと思います。改めて考えると、今の自分に通ずるというか、それまでとは違う自分と向き合う一つのきっかけになったかもしれません。前にも言ったとおり僕のキャリアはルーキーシーズンの初戦に58秒使ってもらったところからスタートして、以来7年間1試合も欠かさずコートに立つことができました。周りの選手たちがよく口にしていた『ルーキーシーズンはしんどかった』とか『使ってもらえるようになるまで最初の3年は苦労した』とかいう経験をすることなく、コートの上でいかにいいプレーをするかだけに集中することができました。でも、8年目に選手としての潮目が変わったことで、違う準備が必要になった。これまでとは違う取り組み方が求められる場面に来ているんだなと思いました。だから、自分にとってあれは辛いシーズンというより、変化を求められたシーズン、新たな自分と向き合うことになったシーズンだったと思っています」
8シーズン目にして「選手として変化を求められた」という正中だが、チームの中では変わることなく担い続けた役割もある。10年にわたり務めたキャプテンという役割だ。コートの中でも外でも常に広い視野を持ち、チームをまとめ、チームの在り方を身をもって示す仕事。チームメイトやスタッフからの信頼が不可欠なこの仕事を10年間任されたことが物語るのは『信頼し得る正中の人間性』に他ならない。また、その人間性は彼がさまざまな場面で語る『言葉』にも表れていた。今もファンや選手の間で語り継がれているのはBリーグ開幕のときの正中のスピーチだ。歴史的な開幕戦を戦ったアルバルク東京のキャプテンとして代々木第一体育館の真ん中に立ち、満員の観客席に向かって発した決意宣言は力強く、頼もしく、希望の匂いを放って聞く者の胸を揺さぶった。
「僕の喋りを褒めてもらえるのはうれしいですが、自分では特別上手いとか、そんなことは思っていません。だいたい僕はどちらかというと目立ちたくないタイプなんです。親しい人たちと内輪で話すのは好きですけど、本来はお喋りな人間ではないと思っています。だれかに何かを伝えたい欲求が常にあるタイプではないんですよ。ただアルバルクではキャプテンという役目柄チームを代表して喋る機会は多かったので、その準備をするようにはしていました。まずは自分の中でこれを話したい、これは伝えたいというものを考える。それを簡単な原稿にするときもあるし、携帯にメモするときもあります。で、時間が空いたときにそれを見て覚えるような作業はしていました。上手く喋ろうというより、チームの思いを正しく伝えなければと思っていたし、そのためには言葉を選ぶことや誠実に向き合うことが大切だと考えていました」