「通訳ではなくコーチとして全てを見せて欲しい」と逆オファー
昨夏のNBAサマーリーグでは、日本人選手が4人もコートに立った。Gリーグ(育成リーグ)を主戦場にメンフィス・ハッスルで活躍する渡邊雄太は、メンフィス・グリズリーズとの2WAY契約の2年目に突入。日本人初のドラフト1巡目(9位)指名され、多くの期待を背負って登場したのはワシントン・ウィザーズの八村塁だ。Bリーグ経由でNBA入りを目指す馬場雄大はダラス・マーベリックスの一員としてアピールし、傘下のテキサス・レジェンズ(Gリーグ)への契約を勝ち獲る。もう一人、当時28歳の比江島慎(宇都宮ブレックス)は馬場とともにダラスのキャンプに参加したが、ロスター入りは叶わなかった。
「明日、トライアウトに来られるか?」
志高く海を渡り、最前線にいたからこそ拾う神あり。ダラスにカットされた後、すぐさまニューオリンズ・ペリカンズのトライアウトに誘われる。その権利を得たのは、比江島ただ一人であった。20人近いコーチやスカウトの視線が集中する中、冷静にアピールすることができ、サマーリーグのコートに立つ権利をつかむ。
「トライアウトまでは片言でも良かったですが、サマーリーグに合格したことで戦術面も必要となってくるため、英語でのコミュニケーションがさすがに厳しくなります。昨シーズン(2018-19)、オーストラリアリーグでも言葉の部分で苦戦した経験もあったので、サポートして欲しいという連絡を受けました」
比江島は通訳として、宇都宮でともに戦う稲垣敦アシスタントコーチに協力を求める。コーチとしての勉強や人脈を広げるためにサマーリーグは毎年訪れており、昨年も渡米する予定をしていた。比江島から連絡を受けた稲垣コーチは、ニューオリンズのスタッフへ向けて「少し無茶な条件を出しました」。
稲垣コーチは高校の途中からアメリカへ留学し、カリフォルニア州立大学チコ校でプレー。その後、bjリーグ埼玉ブロンコスを経て米独立リーグのシアトル・ジェンガン、ノルウェーリーグのアメルッド・バスケット、さらにイタリアリーグのモンテポルツィオ・バスケットと海外プロリーグでプレーした経験の持ち主だ。筑波大学附属高校出身の秀才ではあるが、バスケにおいては日本で実績を残したわけではない。158cmという身長のビハインドを凌駕する強い気持ちとその行動力で、世界への道を自ら切り拓いてきた。
「単なる通訳ではなく、コーチとして扱ってくれること、裏側も全て見せて欲しい」とこのチャンスを最大限生かすオファーをしたところ、ニューオリンズは全ての条件を受け入れてくれた。比江島とともに、稲垣コーチも晴れてベンチ入りを勝ち獲り、二人三脚での熱い夏がはじまった。