プールやジャグジーまで完備している素晴らしい専用体育館で、高い志を持つ仲間と練習に励む。bjリーグの時代から数えて6年間在籍したフェニックスでの時間は大石にとって「本当にとても楽しくて充実したものでした」と振り返る。そのチームをなぜ離れることにしたのか?その理由の1つは2018年2月に負った右膝前十字靭帯断裂の大ケガだったかもしれない。
「いえ、ケガが直接の理由かと言えばそうではありません。2月に大ケガをして3月に手術をして、そこから長いリハビリ生活が始まりました。実はその前から『30歳で現役を引退する』とは考えていたんです。そのタイミングでケガをしたことで、『ケガを理由に引退』というシナリオが頭をよぎったのは事実です。でも、すぐにそれは違うと思いました。ケガをしたから引退というのは本意ではない。むしろケガをしたからこそ、応援してくださる人たちにはそれを乗り越えた自分を見てほしいと思いました。子どもたちには「ケガをしたって、こうしてまたコートに立つことができるんだよ」ということを伝えたいと思ったんです。ケガをする前は引退も考えていたはずなのに、なんですかね、いつの間にかまだバスケは辞められないっていう気持ちになっていました(笑)」
そんなとき、耳に飛び込んできたのが「静岡に新しいプロチームを作る」という話だ。前身のチームに“浜松”の名前が付いていたとはいえ、三遠があるのは愛知県豊橋市。「本当の意味で静岡を拠点としたチームができるのなら行ってみたい」と、心が動いた。
「三遠からは次のシーズンも契約したいというお話をいただいていました。引退後のセカンドキャリアまで考えてくださっていることがありがたくて、本当に感謝しかなかったです。ですが先程も言いましたが、一度引退を決めていた僕が大ケガを経験したからこそ、もう一度コートに立ちたいと思ったわけです。そのとき僕が頭の中に思い描いたコートは、三遠ではなく、自分が生まれ育った静岡のコートでした。引退を考えた自分が再びコートに立つのであれば、心機一転新しい場所に挑むのが自分らしいんじゃないかって」
人生を左右する大きな決断だった。が、一度決めたことに迷いはなかったという。「自分は自分らしく」─── 2018年、三遠ネオフェニックスを退団した大石はゼロからスタートする覚悟を持って生まれ育った静岡に帰ってきた。
文 松原貴実
写真 沼田侑悟