そんな橋本を支えたのは陸川章監督のことばとチームメイトたちの励ましだ。
「リクさんはいつもポジティブであったかい人です。ひとことで言えば仏様みたいな人(笑)。そのリクさんがケガした僕に『つらいのはわかるが、起こることには全て意味があるんだぞ。いいことも悪いことも必ず次につながる意味があるんだよ』って言ってくれたんです。もちろんケガなんてしない方がいいに決まってるけど、起きてしまったことは仕方がない。もし、そのケガにさえ意味があるんだとしたら、それが何なのかを考えて、自分の“次”に生かすしかないなって、そう思ったらだんだん気持ちが楽になりました。仏様のポジティブシンキングに救われたんです(笑)」
仲間たちも入れ代わり立ち代わり病室にやってきた。
「しばらくして、ザックさんが『俺は晃佑といっしょに戦う』と言って自分のバッシュに僕の背番号“21”を書き込んでくれたんですね。そしたらそれがどんどん広がって全員のバッシュに“21”が並んだんです。その写真を見たとき、もう泣きそうになりました」
結局ケガなくバスケットに打ち込めたのは4年生の1年間だけだったが、「それでも得たものは多く、いい4年間だった」と、今も思う。栃木ブレックスに入った年に大ケガを負ったときも下を向かずにいられたのは、『大学4年間で得た何か』だったような気がする。
「レギュラーシーズン最後の仙台(89ERS)戦でリバウンドに跳んだとき相手の膝が入って変な感覚があったんです。でも、せっかく出場するチャンスをもらったんだからもうやるしかないと思ってました。ハーフタイムにテーピングしてもらって後半も出たんですけど、走っていたら膝がガクッとなってそのまま立てなくなっちゃって。前十字靭帯断裂と診断されたときは、またかよって思いました。今度は骨じゃなくて靭帯かよって。もちろんショックでしたよ。だけど、ほら、僕にはリクさんの教えがありましたから。『起こることには全て意味がある』って、あのことばです。落ち込んでいてもケガが良くなるわけじゃない。だったら、次に向かうためにも今自分ができることを精一杯やろうと。ネガティブにならずそう切り替えられたのは、自分が少し強くなれたってことかなあと思ってます。まあ、それもポジティブシンキングですね(笑)」
part3に続く
【「リーグ優勝したいです。全力で優勝に貢献したいです」】
文 松原貴実
写真 安井麻実