ファイナルで見せたアルバルク東京の戦いぶりは見事の一言に尽きるだろう。鍛え抜かれ、周到に準備にされたディフェンスで千葉ジェッツの勢いを封じ、攻めては田中大貴、アレックス・カークのピック&ロールを中心に安藤誓哉、小島元基、ザック・バランスキー、馬場雄大など若い選手たちの躍動感あふれるプレーが光った。
が、その中で忘れてならないのはベテラン選手たちの存在だ。菊地祥平、竹内譲次、正中岳城の3人はともにゴールデン世代と呼ばれた33歳。やるべきことを知り尽くし、それを遂行するベテランらしい働きで優勝までの道のりをしっかりと支えた。
『オフェンスの鬼』から『ディフェンスの鬼』へ(菊地祥平)
日本大学時代の菊地について「どんな選手だったのか?」と聞かれたら、「それはそれは怖い選手だった」と、答える。強いフィジカルでディフェンスを押し崩すように攻め入ったかと思うと、高確率のシュートを次々に沈めるサウスポーシューター。相手にとって「わかっていても止められない」不動のエースだった。
入社した東芝(現川崎ブレイブサンダース)では同期の石崎巧(現琉球ゴールデンキングス)とともに初戦からスターティングメンバーに起用されたが、その初戦に敗れたOSGフェニックス(現三遠ネオフェニックス)の川村卓也(現横浜ビー・コルセアーズ)が「今日は石崎さんと菊地さんにやられた。すごいルーキーです」と、語っていたことを思い出す。日大のエースから東芝のエースへ、当然のごとく菊地に寄せられる期待は大きかった。
だが、広がるはずだった“未来„に影を落としたのは度重なるケガによる長引く戦線離脱だ。リーグ最下位の泥沼のシーズンを味わったとき、勝利に貢献できない不甲斐なさも相まって「引退を考えた」と言う。そこで踏みとどまったのも、1年を経てトヨタ自動車(現アルバルク東京)に移籍することを決意したのも、心のどこかに「このままでは終われない」という思いがあったからかもしれない。以来、ドナルド・ベックHC、伊藤拓摩HC、ルカ・パヴィチェヴィッチHCと指揮官が変わったアルバルクの中で、求められることに応えることに徹し、持てる力を尽くしてきた。
5年の年月を経た今、コートの上にいるのはチームに欠くことができない『ディフェンスの鬼』菊地祥平だ。今シーズンは60試合中57試合にスタメン出場し、泥臭いプレーを身上とするエースキラーの役割を担った。ファイナルではプレータイムこそ9分45秒と長くはなかったが、千葉ジェッツのキーマンと言える小野龍猛に付いて“流れを渡さない„仕事をきっちりこなした。
高校でも大学でも日本一の経験はなく、トップリーグに身を置いて11年目に味わった初めての優勝。「やっとですよ。やっと勝てました。本当に長かったです」――エースから黒子へと役割を変え、励み続けた5年間。アルバルクの「それはそれは怖い選手」として菊地祥平は人生初めての日本一をつかんだ。
文・松原貴実 写真・吉田宗彦