レギュラーシーズン中、先発で起用されたのは60試合中6試合しかなかった。しかし、その6回はいずれもシーズン終盤のことであり、準備はできていた。今シーズン最後の試合となってしまったアルバルク東京とのチャンピオンシップ セミファイナル第2戦で、先発を任されたのは松井啓十郎選手だった。
「(鈴木貴美一ヘッド)コーチから第3戦を見据え、比江島(慎)と金丸(晃輔)の負担を少しでも減らすことを考え、(田中)大貴のマークに徹する形でスタメン起用されました。前半の入りとしては悪くなかったと思います。後半は大貴に1on1でやられる場面もありましたが、それでもまずはディフェンスをがんばって、オフェンスはチームの流れとして動けば良いと思って戦っていました」
40分間で決着はつかず、延長を含めた45分の戦いの末、田中選手は26点のシーズンハイを記録した。
「今日の大貴は積極的にシュートを打ち、それが入っていました(フィールドゴール成功率:57.9%)。特に後半は誰がマッチアップしても積極的にドライブアタックしてきたので、そこがなかなか止めることができなかったです」
延長戦ではすでに田中選手はエネルギー切れを起こしており、ベンチに下がらざると得なかった。松井選手が序盤からプレッシャーをかけ続けたディフェンスが効いていた証拠でもある。しかし、結果としてシーホース三河は第2戦を勝ちきることはできなかった。
22年前、横浜アリーナの特別の空間でプレーした松井少年
1996年9月12日・13日、『HOOP HEROES』という大きなバスケイベントが横浜アリーナで行われた。バスケの神様、マイケル・ジョーダンが初来日したときである。ジョーダンとともにチャールズ・バークリーやジェイソン・キッドなど当時のNBAヒーローがやって来た夢のような空間だった。そのとき、10歳の少年が神様に1on1を挑み、見事にシュートを決めた。あれから22年が経ち、あのときの少年がふたたび横浜アリーナでプレーすることを心待ちにしていた方も少なからずいたのではないだろうか。かくいう筆者がその一人である。もちろん、松井選手自身もその思いは強かった。
「あの時は僕たちだけにスポットライトがあてられ、周りが真っ暗でした。観客席は何にも見えず、本当に違う空間でジョーダンと二人だけでバスケットを楽しんでいたという感じでした。でも、僕の人生の中でトップ3に入る緊張度でした。もしファイナルに行ければ、あの雰囲気をまた味わえるのかなと思っていたのですが、残念ですね」
Bリーガーとしてファイナルの舞台となる横浜アリーナを経験しているからこそ、「スゲェー、デカい」と証言する。
「雰囲気が普通の体育館とは全く違うし、奥行きも結構あります。代々木第一体育館の作りともまた違って、観客がグルリと回るちゃんとしたアリーナです。そこで一発勝負で行われるファイナルだからこそ、どっちに転ぶか分からない楽しさもあります。見ている方としては良い試合をしてくれれば良いなと思います」
A東京に敗れた直後のインタビューだったが、すでにファイナルを見るモードに切り替わっていた。それだけ出し切った証であり、潔く負けを認めてもいた。昨シーズンまでともに戦ってきたA東京の仲間たちだからこそ、優勝へ向けてエールを送る。
「アウェーで2連勝したアルバルクを称えたいです。昨シーズンまでのチームメイトであり、(菊地)祥平や(竹内)譲次、大貴もまだリーグ優勝を経験していません。アルバルクにやってきて、最高のゴールを目指しながらもこれまではなかなかそこにたどり着けずにいました。その仲間たちがファイナルの舞台へ行き、そこで優勝してくれることが友達としてはうれしいです」
練習しないイメージの三河『僕も最初はそう思ってここに来ました』
ルカ・パヴィチェヴィッチヘッドコーチに代わったA東京を、松井選手は「ずっと同じことをやってますよね。それこそピック&ロールに徹しています。どんなに前半で点差が開かれていても、同じプレーを徹底していることが昨シーズンまでとは大きく違いました。何よりもディフェンスが激しかったです」と古巣の成長を、身をもって実感させられた。
今シーズンより三河に移籍し、セミファイナルで敗れはしたがシーズン最高勝率で中地区を制しており、2連敗を喫したのもこれが今シーズン初めてのことだった。強豪と言われる三河だが、その一方で“練習をしないチーム”という噂がある。松井選手自身も、「そういうイメージはあり、僕も最初はそう思ってここに来ました」が、真相はいかに!?
「きっとタレントも揃っているから練習しなくても勝てるのではないか、というイメージがあったんだと思いますが、実際は違います。プロとなり、Bリーグとなった今は、情報分析もしっかりしているので簡単には勝つことはできません。しっかり強度の高い練習をしていました」
不動のポイントゲッターである金丸選手がいる中で、松井選手とともに西川貴之選手のシューターが加わった。試合中はともに声を掛け合うシーンも見られている。練習ではそれぞれが切磋琢磨し、試合になれば情報を共有し合うことも三河の強さである。
「選手自身が、試合の流れを見て判断することが多いチームです。日頃の練習から(橋本)竜馬や(桜木)ジェイアールとともに、コミュニケーションを取ってきました。今日は大貴とマッチアップをしてみて、こういうときにやられたとか、こう守ればタフショットになるという情報を西川などに伝えるようにしていました。声を掛け合うことによって、特に短期決戦のチャンピオンシップは流れが変わることもあります。そこはチームとして大切にしていました」
紙一重の僅差で敗れたが、勝ち切れなかった1本の差が命取りになったことを鈴木ヘッドコーチは強調している。来シーズンがどんな体制になるかはまだ分からないが、戦いの疲れを癒やしたあと、来シーズンこそ頂点に立つためにもイメージとは違う努力をしなければならない。
文・写真 泉 誠一