「#44 伊藤俊亮選手 引退のお知らせ」というリリースが届いたのは、会見が行われる2日前のことだった。流行の今シーズン限りの前倒し発表なのか、即日なのかは明記されていない。もしや大きなケガや病に見舞われているのでは──⁉︎
といった心配もどこ吹く風、当日の会場に向かう道すがら、『イートンのことだから赤いユニフォームで登場するんじゃないか?』などと、何かを期待している自分がいた。しかし、その予想は外れる。ビシッとスーツを着て、真剣な面持ちで会場に現れた。再び不安が募る。
ダイジェストでお伝えすると、真相はこんな感じだった。
「16年間のキャリアを今シーズン限りで引退する決断をした。本当に長かったという印象もあるし、キャリアをスタートさせたときのことを昨日のことのように思い出す複雑な思い。まだシーズン途中であり、たくさんの仕事が残っている。今も今週末の試合のことを考えており、変な感じ。引退の報告ができたことに少しホッとしている自分もいる」
こちらもケガなどではなく、まだまだ見られることにホッとした。
フロント入りは千葉へ移籍してきたときに、島田代表がすでに即決済み
引退を決めた経緯としては、千葉ジェッツへ3年契約で移籍し、次がその3年目となる。契約時に2年目を終えた時点で、3年目も更新するかどうか決める話をしていた。次へ向けて自問自答したところ、「シーズンを通して、毎試合しっかり戦える体を作るのは困難だろう」という思いがあった。だが、チームからは「もう1年やって欲しい」と満額のオファーを受ける。満額っていくらなのか……と突っ込んだみたが、頭上高くで大笑いするだけでノーコメントだった。そんなこんなで「肉体とモチベーションがついていかない」ことを理由に、今シーズン限りでキャリアを終える決断をしたわけである。
次なるキャリアは千葉へ移籍したときから決まっていたことである。名古屋ダイヤモンドドルフィンズからチームへ迎え入れるための移籍交渉時、はじめて伊藤選手に会った島田慎二代表はその席で「引退後に千葉のフロントとして働く気はあるか」と聞いたそうだ。千葉が今のような観客動員等で成功をするのはもう少しあとの話であり、助走段階でしかなかった。ただその追い風を伊藤選手は敏感に感じ取るように、フロントの仕事に興味を示す。そのときに島田代表から「直感で即決しました」。2年の月日が流れる中、思うように体が動かなくなる状況に置かれる反面、伊藤選手自身もSNSを通じたスポークスマン的役割を担ってきたことを本格的にシフトチェンジする日がやってきた。ただ、それだけであり、ここに至るまでのイメージトレーニングや心の準備はこの2年間で幾度となくしてきたことだろう。
これまでも「自分のコーチ像が想像できない」と言ってきた伊藤選手。フロント入りと言っても、バスケットボールオペレーションではなく、ビジネスオペレーションの方でその手腕を発揮することになる。グッズ製作やスポンサー獲得に向けて千葉の魅力を伝える営業マンに携わりたいと意欲を見せていた。
だが、6月末まではプロバスケットボール選手として全うしなければならない。残り少ない試合の中で、チームに何かを残すためにやるべきことを質問すると伊藤選手らしい答えが返ってきた。
「今さら、これを残したいって自分の口から言うのもなんか恩着せがましい。これまで通り、試合に向けて全力で準備し、コートに立つそのタイミングまでしっかりと我慢して、試合に出た限りは100%の力を出す。そのための作業に集中すること。その姿勢は最後まで続けていかなければいけない。それをできる選手がプロなのかなと、なんとなく思っているところもあり理想のプロ像。最後までそこは徹底したい」
リーグ制覇へ向け、共通するシグナルが千葉にも見られる
過去に在籍してきた東芝ブレイブサンダース(現川崎)、リンク栃木ブレックスではリーグ制覇している。千葉でも天皇杯で2連覇し、勝利の美酒を味わった。だが、ここまで来たら有終の美を飾って16年間に及んだ競技人生の幕を閉じるとともに、フロントとしてのキャリアを最高の形でスタートさせるためにもリーグチャンピオンの称号はなんとしてもつかみたいはずだ。優勝へ向け、過去の経験から同じような良い流れを感じてはいないのだろうか?
「どのチームでも、終わったあとにやっぱり優勝できるチームだったなぁと思い返すことが多かった。なので、終わってみないと分からない。でも、このチームは本当におもしろい。瞬間瞬間で誰の力がどう働いているか分からないほど、ものすごい力を発揮する印象がある。その感覚は確かにこれまで優勝したシーズンにも多く見られていた。その感覚があるということは、ひとつの良いシグナルである。ただ、それがあるからといって簡単に優勝できるわけではない。まだまだチームとしても伸びしろがあり、残りの試合でどこまで成長できるかが優勝するに当たってのカギでもある。最後まで成長してシーズンを終わることができれば、自ずと目標に近づけるのではないか」
現状のコンディションは、ダンクができるほど調子が良い日があれば、朝起きたときに歩けないこともあるそうだ。今回こうして引退を発表したわけだから、後先を考えることなく真っ赤に燃え尽きて欲しい。レギュラーシーズンは残すところ、あと9試合。そのうち7試合もホームゲームが残っている。今週末には西宮ストークスを迎え2連戦、そして5月6日(日)のレギュラーシーズン最終戦の琉球ゴールデンキングス戦では「引退セレモニーをしたい」と島田代表は考えている。その前の5月2日(水)には、伊藤選手がキャリアを歩みはじめた古巣・川崎戦とゆかりのあるクラブとの戦いも楽しみだ。
これだけでは終わらない。すでにチャンピオンシップ出場を決めており、今シーズンはホーム開催を合い言葉に突き進み、現在東地区首位(38勝12敗)に立っている。しかし勝率では中地区首位のシーホース三河(42勝9敗)、西地区首位の琉球(39勝12敗)を追いかける立場におり、セミファイナルもホーム開催をもぎ取るためにはまだまだ勝利を積み重ねていかねばならない。
残り少ない伊藤選手のユニフォーム姿を目に焼き付け、スマホに映像で残すためにも会場へ行こう!と同時に、引退後の方がファンとの接点も多くなるはずだ。会場で観戦しながら千葉をより良くするアイディアを見つけ、フロントに入った伊藤さんにそのアイディアをぶつけられる準備をしておくのも一興だ。
会見後の帰り道、ヘビー級のマスクマン、スーパーストロングマシーンも引退を表明していたことを知る。なんだか偶然とは思えなかった。
文・写真 泉 誠一