9月29日、滋賀レイクスターズと対戦した横浜ビー・コルセアーズは前半37-28とリードを奪いながら後半大きく失速。屈辱的とも言える大逆転(56-78)を許し、ホーム開幕戦を勝利で飾ることはできなかった。
「昨日の夜はなかなか眠ることができませんでした」と、語るのは今シーズンよりキャプテンを任された湊谷安玲久司朱。「3Qで崩れてしまった昨日の負け方は去年と同じ。そこをどうしたら修正できるか、会場に来てくれたブースターの皆さんに去年とは違うビーコルを見せるためにはどうしたらいいのか、それをずっと考えていました」
そして、迎えた翌30日、湊谷のジャンプシュートでスタートを切った横浜は前半を38-25で折り返すと、後半も集中力を途切らすことなくゴールに向かい続けた。執拗なディフェンスで滋賀に反撃の糸口を与えることなく76-45で快勝。中でも光ったのはゲームハイの22得点をマークした湊谷の活躍だ。オフェンスのみならず、ルーズボールを追いかけてベンチに飛び込む姿もまた満員の場内を揺るがせた。
一度はバスケットを辞めることを考えた
恵まれた体格を生かし内外で得点を重ねる湊谷の名前は洛南高校時代からすでに『全国区』だった。進んだ青山学院大でも早くから主力として注目を集める。が、そんな湊谷の将来に?マークが付いたのは大学3年生のときだ。当時の心の‟迷い„については多くを語らないが、練習に身が入らなくなったことで当然のごとく試合からも外され、「ああ自分はこのままバスケットを辞めてしまうのかなあ」と考えていたという。だが、そんな彼を再びコートに呼び戻したのは他の誰でもなく自分自身の心の奥に根を張った「バスケットが好きだ」という気持ちだった。
「試合に出られないのが本当に辛くて、自分に足りないものは何なのかを毎日考えていました。そのとき自分がどれだけバスケットが好きなのかがわかったような気がします」
忘れられないのは大学4年のインカレ決勝戦。湊谷は1Qに足を痛めるアクシデントに見舞われるが、何度も交代の打診をする長谷川健志監督に向かってそのたびに首を振った。
「これで最後なんだと思うと痛みも感じなかった。どうしても最後までコートに立っていたかった」
それは試合後のインタビューで湊谷が語った言葉だ。それを聞きながら傍らの長谷川監督は気づかれないようそっと涙をぬぐった。
「あいつはやんちゃな問題児でした。だけど、試合に出られない時間、逃げずにずっとバスケットと向き合ってきた。今日、誰よりも泥臭いプレーで貢献してくれた姿を見て、あいつが出した答えはこれなんだなと…。本当に胸がいっぱいになりました」
思えば、プロとしてバスケットを続けて行こうと決心したのはあの回り道の時間があったからかもしれない。翌年の春、三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ(現名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)に入団した湊谷はプロバスケットボール選手として新たなスタートを切った。
今、プレーすることが心から楽しい
それから7年。三菱での4年、サイバーダインつくばロボッツ(現茨城ロボッツ)での1年を経て、湊谷は昨シーズン横浜に移籍加入した。
「三菱では自分では精一杯頑張っているつもりなのになかなかプレータイムがもらえず悔しい思いもしました。プロは甘くないと感じるのと同時に、もっと使ってもらえたら結果を出してみせるのにという思いがあったのも事実です」
厳しい現実と向き合いながら「自分の力を証明してみたい」という葛藤に苦しんだ時間は短くなかった。
「でも、今年社長(岡本尚博球団社長)から『おまえを信じるから好きなように思いっきりやってみろ』と言われたんです。人生初めてのキャプテンに任命されたのもその1つ。なんか、こう気が引き締まる思いでした」
今シーズンから指揮を執ることになった古田悟ヘッドコーチから求められているのは「まず点を取ることだと思います。去年は3番起用で途中から出ていましたが、今年は4番になってスタートから使ってもらっています。ポップアウトして3ポイントを打てるとか、ドライブで抜いて行けるとか、今年は自分で(相手の守りを)崩せる部分が増えたので、これまで以上に得点に絡んでいける自信はあります」
横浜にはベテラン選手が多いが、その分学ぶことも多いと言う。
「けど、それに頼っていちゃダメですよね。たとえば川村(卓也)さんはエースとして本当にすばらしい選手ですが、僕は勝手に自分のライバルだと思っています。練習や試合でも結構熱くなって、怒ったり、叫んだり、バチバチやっているんですが、そのあと謝りに行ったりして(笑)。そういう先輩がいてくれるのはありがたいと思うし、自分はその先輩を越えていかなきゃならないという気持ちもあります。そう思うとバスケットが楽しくなるというか、このチームに来て本当によかったなあと感じます」
今シーズンは田渡凌、ハシーム・サビートという期待のニューフェイスの加入もあり間違いなくチームが活性化している手応えがある。
「ロッカールームに帰ったときも去年はバラバラに自分の意見を言ってたんですが、今年はそれはやめようというのをチームの約束事にしました。今でもロッカールームにヘッドコーチが来る前にみんなでいろんな意見を出し合いますが、それは去年とは違ってそれぞれがチームのことを考えてるなというのを感じます。なんていうかチームへの愛情を感じます(笑)」
『自分勝手にバラバラの意見を言うのはやめよう』と提言したのはキャプテンの湊谷。人生初のキャプテンとなり、その名前で呼ばれることには未だ若干の気恥ずかしさを覚えるが、同時に自分の中で責任感が増したようにも感じる。
「練習中から自分がやらなきゃという気持ちがすごく沸いてきました。昔の僕を知っている人には驚かれますが、今は本当にキャプテンになってよかったと思っています」
今シーズンの目標は「まずはチャンピオンシップに出場すること。優勝はその先にあるのでまずはチャンピオンシップです。去年の悔しさをみんな忘れていないし、今年はさらに強くなれる要素があるチームなので絶対やれると信じています。個人としての目標はチームの中の日本人選手として1番点を取ることですね。常に勝利に貢献できる選手でありたいです」
バスケットを辞めようかと考えた大学3年生のとき、プロとして花開くことなくこのまま終わってしまうのかと悩んだ日々。だが、今、コートに立つ湊谷はそれがまるで嘘のように躍動する。
「苦しいこともいろいろあったけど、バスケットを続けてきてよかった。やめないでよかったです。あっ、こんなこと言ったらいろいろ思い出してなんか泣きそうになってきた」首にかけたタオルで目をこすったあと、ふぅーと一呼吸。「今年は29歳ですからね、バスケット選手としてもう一花咲かせないと!」最後の一言は自分に言い聞かせるように力強く、その顔には一点の曇りもない大きな笑みがあった。
文・松原貴実/写真・安井麻実