ゲームには“流れ”がある。
拮抗し、得点の取り合いであるはずのスポーツで得点が止まってしまうケースもあるが、その壁を乗り越えると、先ほどまでの重たい展開が嘘のように得点が動き出す。
両チームがともに得点の波に乗ることもあれば、一方だけに傾くときもある。かといって、それがずっと続くかといえば、そうでもない。何かをきっかけに、それまでの流れが反転してしまうこともある。
バスケットの“流れ”とは気まぐれだ。でもその気まぐれな“流れ”を呼び込むことができれば、勝利はおのずと近づいてくる。
3月5日、国立代々木競技場第二体育館でおこなわれた栃木ブレックスとアルバルク東京の東地区首位攻防戦は、終盤までホームのA東京の流れでゲームは進んでいた。
しかし第4クォーターの中盤、2点差にまで詰め寄っていた栃木がライアン・ロシターのスティールで攻撃権を奪うと、セカンドチャンスから田臥勇太が同点のレイアップシュートを決める。
栃木はそこを好機と見たのだろう。
それまでもA東京のオフェンスを苦しめていた激しいディフェンスを、さらにもう一段階引き上げた。その結果、田臥がA東京のディアンテ・ギャレットからボールを奪い、逆転のレイアップを決める。
ここでA東京にとっては幸運のブザーが鳴る。第2クォーターと第4クォーターの残り5分を切った、最初のボールデッドで自動的に取られるタイムアウト、いわゆる「オフィシャルタイムアウト」のブザーである。自らのタイムアウトの数を減らすことなく、作戦変更などを指示できる。流れを断ち切り、自分たちの流れに引き寄せることも可能な90秒間である。
しかし、そうはならなかった。
オフィシャルタイムアウト明け、A東京の菊地祥平が出したパスを田臥が手に当て、その勢いを弱めると、ボールはギブスの手に収まる。それを田臥が経由し、古川孝敏のジャンプシュートに導く。栃木の4点リード。
さらに田臥の集中力は、その極限近くにまで高まる。
直後のA東京の攻撃で新加入のジェフ・エアーズ――サンアントニオ・スパーズでNBAチャンピオンになった経験のあるパワーフォワード――からボールをスティールし、6点差となるギブスの速攻を生み出したのだ。
「自分のスティールについては、チームディフェンスの結果だと思います」
試合後、田臥は勝利を手繰り寄せた自らの3つのスティールについて、そう口にする。田臥はいつだって、チームがあってこその自分であるというスタンスを崩さない。この日も自身のスティールに触れるより、クォーターが進むにつれて失点を減らしていったチームディフェンスについての言及が多くなる。
「ここ何試合か、失点が非常に多くて、自分たちの目指すバスケットができていないことが反省点でした。特に(A東京のような)上位チームを相手にしたときに、どれだけディフェンスで戦えるかが自分たちのチャレンジでもあります。A東京はオフェンス能力が非常に高いチームなので、得点を取られることは仕方がないところもありますが、それでも40分間、いかにタフショットを打たせるかという点で、最後までチーム全員が集中力を切らさずにやれた結果だと思います」
確かに試合終盤の逆転劇は田臥1人の集中力、彼が持つ卓越したディフェンスでの読みだけで生まれたものではない。チーム全員が共通認識を持ってディフェンスに当たった産物である。
それでもなお同点から逆転、さらなる追加点へと結びついた4つの攻守すべてに田臥が絡んでいることは見逃せない。ポイントガードというポジション上の性格によるところもあるだろう。しかし田臥の勝利に対する嗅覚とでも言おうか、ここ一番で彼はコートを支配する。そんな力を36歳のベテランは持っている。
年齢を感じないことはないだろう。しかしそれを極力抑えようとする努力を田臥はしている。
この日も逆転勝利に沸く、A東京のファンと比較するとけっして多くない栃木のファンに向かって笑顔で挨拶をすると、すぐにゴール下にタオルを敷き、トレーナーとストレッチを始めた。こうした試合後の入念なケアは、よりよいプレイをしたい、もっとうまくなりたいという意識の表れであり、田臥の今を支えている。
3月5日のA東京戦で見せた逆転への軌跡は、そうした日々の積み重ねの賜物と言っていいだろう。
どちらかといえばクールな田臥が、この日は何度か雄叫びを上げ、拳を力強く握りしめた。そのことを問われると「ああいうのは自然に出るものなので……」と意に介していないようだが、一方で会場の雰囲気や試合展開にもよると認めている。
満員の代々木第二体育館はA東京が来場者に配布したTシャツで会場の大半が赤に染まり、そのなかで黄色のTシャツを着た栃木ファンが懸命に声援を送る。その栃木が終盤に逆転すると、数としては少ないはずの栃木ファンの歓声が会場を覆っていく。田臥が雄叫びを上げ、拳を強く握りたくなるのも無理はない。
翌日の第2戦ではA東京が栃木のディフェンスを上回り、首位攻防戦は痛み分けとなった。しかし初戦で見せた田臥の集中力、勝利への渇望は、彼自身と栃木、そしてBリーグ全体の未来を示すものだった。そのどれもが、少しずつだが、着実に進歩している。手の中に未来を収めようとしているのは若者だけではない。
文・三上 太/写真・安井 麻実