※本記事はバスケットボールスピリッツのWEB化に伴う、2018年4月末発行vol.20からの転載
ヘッドコーチ1年目の惨敗
名選手、名監督にあらず――スポーツの世界でよく聞かれる格言である。現役時代「和製マイケル・ジョーダン」の異名をとり、数々の修羅場で決定力を発揮した稀代のクラッチシューター、北卓也もまた東芝ブレイブサンダース、現在の川崎ブレイブサンダースのヘッドコーチに就任した年にそのことを痛感する。プレシーズンマッチこそ勝てていたのだが、リーグ戦が開幕するとまさかの10連敗。その後も負けが重なり、8勝34敗でリーグ最下位の憂き目を見ている。
その原因の1つにコミュニケーション不足があった。
「あのときは僕のなかのヘッドコーチ像が、あまりコミュニケーションを取らないというとおかしいけど、黙っている像だったんです。だから僕のほうから声をかけたりしていなかった。ただシーズンに入るとそれで負けているので……だからこそコミュニケーションを取らなければいけないんですけど、選手も話しづらい状況になっていましたね」
無論「何かあれば聞くから言っていいよ」とは伝えていた。しかし当時の北からは到底それを受け入れるというオーラが発せられていなかったのだろう。選手たちが何かを言ってくることはほとんどなかった。
「自分の持つ理想のヘッドコーチ像に固執しすぎていたのかもしれません」
当時を振り返る北の理想像とは『スラムダンク』(井上雄彦 集英社)の安西先生である。もちろん若いころの安西先生ではなく、さまざまな経験を積み、基本的にはベンチに座って、何も言わずにゲームを進めていく晩年の(?)安西先生である。
そこには北自身が培ってきたバスケットに対する向き合い方、取り組み方も影響している。北は現役時代から自分で考えてプレーするのが好きだった。目標を達成するためにはどうすればいいかを常に考え、行動に移す。当時の東芝を率いた吉田健司ヘッドコーチ(現・筑波大学男子バスケット部ヘッドコーチ)もそれを受け入れるタイプで、練習中に吉田がディフェンス戦術の指示を出しても、コートに立つ北が「こうしてみたい」と伝えると「よし、じゃあ、やってみな」と認めてくれた。
「僕たち選手が口に出したことなので、責任を持ってやらなければいけないし、それで守れるとやはり嬉しいわけです。そういう経験があるので、ヘッドコーチになっても選手にそれを求めるというか、考えて、口に出したことは『あなたたちに責任があるんだからやりなさい』というスタンスだったんです。もし結果がよくなければ、それはもちろんヘッドコーチである僕の責任です。そうやって選手たちが自分たちで考えて実践すれば、次のステップにつながると常々思っているんです」
しかしヘッドコーチ1年目はその意図が伝わらず、さらには北自身にも、選手たちにもその状況を打破する“引き出し”がなさすぎた。
「僕が選手のときは『こんなこと(ヘッドコーチが指示をしたこと)は練習をしていなくてもできていた』という感覚があったので、同じように今の選手たちにも『できるでしょ?』と考えていたんです。でも実際にはできない。たとえばノーマークを作ってもシュートが入らないとか。なんで入らないんだろうな? という感覚になるんです」
このあたりが冒頭の格言にもつながるところだ。そうすると選手たちは「得点が入らないからこのセットプレーはダメでしょ」と不信感を募らせ、一方の北は「いやいや、セットプレーのせいじゃないだろう? 毎回セットプレーを変えて得点になるなら、すべての攻撃でセットプレーを変える。でもそれらを君たちはすべて覚えられないだろう?」。チームは完全に齟齬をきたしていたわけである。
「当時はそれができるだけのメンバーもそろっていませんでしたし、それを変えるだけの力量も僕にはなくて……」