── 今、お話に出た『ファンに還元するもの』はどういったものでしょう?
ファンがおもしろいと感じ、また観に来たい、応援したいと思ってくれるものです。たとえばそれは富樫(勇樹)のスピーディーで胸がすくようなプレーかもしれない。けれど、それはやはり一時的なもので、ファンの心を打つのは選手が自分の身体、メンタルを懸けて、どれだけ真摯に競技に向かっているか、その姿勢だと思うんです。それを見せることがファンの応援に応えるということ、我々がファンに還元できることです。それは今も口を酸っぱくして言い続けていますね。
── 最初からこういう“色”のチームを作りたいというのはあったのですか?
人間には得手不得手がありますから、自分のアドバンテージを出し合って、互いの欠点を補う必要があります。メンバーを見て、それを出し合えるチームはどんな形なのかを考えたとき、ハイエナジーでどこよりも速く、どこよりも走るという“色”がこのチームに1番フィットすると感じました。2年目を迎え、その色がより濃く出てきたなという手応えはあります。
選手によく言うのは“スマート”はイコール“ソフト”ではないということ。ソフトを賢いとはき違えてはいけない。逆に“タフ”を賢くないとはき違えてもいけない。我々はスマートであり、尚かつタフに戦うチームにならなければと、これも繰り返し言い続けています。それが選手の中に浸透してきたことで、チームが少しずつ成熟してきたのは確かです。我々はキャリアの少ないチームですが、勝てる要素があるチームに成長してきました。さらに1段階成熟するためにもリーグ優勝を果たしたいですね。すごく勝ちたいです(笑)
── 大野さんがこれまで1番印象に残った試合は?
昨年(2016-17)のチャンピオンシップで栃木ブレックスに敗れた試合です。ゲームの中にはコントロールできるものとできないものがある、我々はチームとしてのエナジーを大事にして戦おうとずっと言ってきたつもりですが、それが1番求められる試合でコントロールできないものにフォーカスして、チームがバラバラになってしまった。積み上げてきたものが一瞬で崩れてしまったようで打ちひしがれました。だけど、冷静になって考えてみれば、その年の天皇杯で初優勝し、リーグの終盤の調子も良かったので、僕自身が気づいていた課題に目をつぶって見逃してきたんですね。好調なのだから、何かを言ってそれを壊してしまうよりこのままいい雰囲気で選手を送り出した方がいいんじゃないかと判断したわけです。つまり、チームが崩れたのは、崩してしまうことを自分がしてきた結果でした。調子が悪いときは反省して課題に取り組みますが、実は好調なときこそ細かい部分に目を向けて選手に伝えていかなければならない。それはあの苦い一戦を通して、コーチとして学んだことです。
── Bリーグにはキャリアのあるヘッドコーチが数多くいますが、“先輩”から学ぶことはありますか?
もちろんありますよ。パナソニックで清水良規ヘッドコーチに言われた「コーチというのは選手あっての仕事だというのを忘れてはいけない」という言葉は今も肝に銘じていますし、川崎ブレイブサンダースの北卓也さんは同郷(石川県)ということもあり、これまでも何かにつけて相談に乗ってもらいました。選手へのアプローチの仕方、練習方法、ときにはシステムについても本当にこんなに聞いちゃっていいのかと思うぐらい(笑)。昨年末アルバルク東京に敗れたときは、残り29秒で僕はファウルゲームを選択しなかったんですが、あなたならどうしましたか?とルカ(パヴィチェヴィッチ)さんに聞きに行きました。正解はないのかもしれませんが、経験豊かなコーチの考えを知りたいと思ったからです。そんな僕の質問にもルカさんは誠実に答えてくださいました。ありがたいですね。
── 最後に、ヘッドコーチとして心がけていることを教えてください。
バスケットに対して常に誠実で真摯であること。同様に選手に対しても誠実に向き合う。『嘘をつかないコーチ』でありたいと思っています。
文 松原貴実
写真 安井麻実