本当に河村は新人賞でいいのか。
一抹の不安が脳裏をよぎる。
しかし、すでに他のライター陣は記事を書き始めている頃合いだ。
今さら再選考を申し出るわけにもいかない。
僕は祈るような気持ちで、同じ棚に収まっている古びた分厚い本に手を伸ばした。
日本国語大辞典(第7巻 第2版,小学館国語辞典編集部編,小学館,2001)では、新人をこのように定義していた。
しん−じん【新人】[名]①新たに加入した人。その分野に新しく進出してきた人。また、新しい思想や才能を持った人。
森鴎外の小説『青年』では「新人」という言葉を、それまでの風習や既成概念に囚われない人物として扱う。その中でも、自分の利益のみを追求する独善的なものは「消極的新人」で、自分の造った個人的道徳に従うものを「積極的新人」と呼ぶ。森鴎外は本当の新人というのは「積極的新人」であって、その道徳は「利他的個人主義」でなくてはならないとした。
大学を中退してプロになろうという決断は、利己的な態度だとする見方もあるだろう。
だがその個人主義は、今シーズンの横浜ビーコルセアーズにとって猛烈な追い風となった。
未来を見据えた選択は河村に成長をもたらし、周囲の才能をも引き出し、その影響がまた自身の発展へと循環していった。
河村のプレーが決して独善的でないことは、プレーの内容はもとよりアシスト数や本人のコメントからも存分に伺える。
大学での四年間を全うすべきといった因習から逸脱し、個人を高めるための決定によって同時に他人にも利益をもたらした河村勇輝は、理想的な「新人」であるといえよう。
昨夏の代表活動において、河村は不自然なほどにシュートの選択をしなかった。
トム・ホーバスHCはそのプレーに強い憤りを見せたが、僕は勝手ながら感心してしまっていた。
シュートではなくディフェンスとアシストに特化することで、キャラクターの近い富樫勇樹との差別化を図る戦略的な振る舞いに思えてならなかったからだ。
無論それは個人的な憶測にすぎないが、1シーズンを経て、1年前のプレー判断は得点力の低さからくるものではなかったのだと実証された。
ワールドカップにおいて、河村勇輝が披露する新人ぶりは一体どのようなものだろうか。
文 石崎巧
写真 B.LEAGUE
「Basketball Spirits AWARD(BBS AWARD)」は、対象シーズンのバスケットボールシーンを振り返り、バスケットボールスピリッツ編集部とライター陣がまったくの私見と独断、その場のノリと勢いで選出し、表彰しています。選出に当たっては「受賞者が他部門と被らない」ことがルール。できるだけたくさんの選手を表彰してあげたいからなのですが、まあガチガチの賞ではないので肩の力を抜いて「今年、この選手は輝いてたよね」くらいの気持ちで見守ってください。
※選手・関係者の所属は2022-23シーズンに準ずる。