文・松原 貴実 写真・吉田 宗彦
まさかの大逆転劇だった。4月9日東京都・大田区総合体育館で行われた日立サンロッカーズ東京―三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ名古屋の一戦は、前半22点のビハインドを背負った三菱電機名古屋が後半猛追、タイムアップのブザーとほぼ同時にアマット・ウンバイの3Pシュートが決まり76-76の同点に追いつくと、その勢いのまま90-85で延長戦を制した。
「こんなゲームはめったにないよ」と、レジー・ゲーリーヘッドコーチの声も弾む。「前半はフィジカルの部分で日立に負けていた。後半はそこを修正できたことと、なにより五十嵐(圭)、石崎(巧)、川村(卓也)といったベテラン選手たちが落ち着いて点差を詰めていったことが大きかった」
なかでも長い間ケガに苦しんでいた川村がようやくコートに戻り復調の兆しを見せていることが心強いという。「彼が今の段階に来るまでにはだいぶ時間がかかったが、トレーニングスタッフを信じてやるべきことをやり続けてくれた。彼にはシュートだけではなく高いバスケットIQがある。うちにとってそのIQは非常に大きな武器となるはずだ」
19歳からトップリーグの舞台に立ち、日本を代表するシューターとして揺るぎない存在感を示してきた川村だが、昨季は痛めた右膝の治療のため戦列離脱を余儀なくされた。リハビリに1年以上を費やし、ようやくコートに戻ってきた川村に彼自身が考える『現在地とこれから目指す場所』について聞いた。
――前半の22点差を覆しての勝利となった今日の一戦、まずはその感想を聞かせてください。
川村:チーム的には今シーズン最低の前半と今シーズン最高の後半が一緒に出たゲームだったと思います。前半の20分に関しては何をやってもダメだったし、システム的にも選手個々の意思の疎通ができていませんでした。
――20点以上の大差がついて迎える後半は、どのような気持ちで臨まれましたか?
川村:確かに前半は点数だけ見ても心が折れそうな展開でしたが、それがあと20分続くとは思えなかったし、後半は気持ちを切り替えて、まずは出だしの五分をしっかりやって10点差にしようと、それを後半のテーマにして臨みました。最初の得点をインサイドで取れたのもよかったです。あれでいい流れに乗れて20分戦えることができた。延長に入っても気持ちが切れなかったし、5分間集中して戦えたと思います。
――今日の川村選手はスタート出場で、プレータイムは約29分。ここまで来るのにはかなり時間がかかりましたね。
川村:そうですね。最初に右膝を痛めたのは和歌山(トライアンズ)にいたときなんですが、三菱に移籍した昨シーズンの開幕2週間ぐらいに激痛で動けなくなってしまったんです。それでいろいろ検査した結果、手術が必要だと言われ…。で、手術したわけですが、そのあとも大変でした。手術して時間が経過すれば治るというもんじゃなくて、やっぱりしっかり筋力もつけていかなくてはならない。そうでないとまた動けなくなっちゃうよと(医者にも)言われましたし、こうなったら長いスパンで考えて、じっくり治していくしかないと覚悟を決めました。今、手術をしてから1年4、5ヶ月経ったわけですけど、本当に長かったですね。
――現在の状態はいかがですか?
川村:いまは25分前後ぐらいプレータイムをもらっているんですけど、動きはまだまだですね。まだ身体が切れていないというか、自分の中で思いっきり踏み込み切れないようなところがあります。ただシュートタッチに関してはかなり戻ってきてはいると感じています。あとは戻ってきているところをもっと伸ばして、戻ってきていないところを見極めて何をしなくちゃいけないかを考えてやっていく、今はそんな感じです。
――コートを離れている間、不安もあったと思うのですが。
川村:そりゃありましたよ。今の自分を見ても、ケガする前は平気でできていたことができなくなっているし、正直“劣化„を感じています。でも、ケガする前には戻れないわけですし、それは、歳を重ねていけば若いころ(のプレー)には戻れないと同じです。そこはしっかり受け止めなきゃいけない。受け止めたうえで今の自分がチームのためにできることを考えていかなきゃならないと思っています。
――焦りは感じませんか?
川村:うーん、そうですね。僕がコートを離れていたとき、1番気になったのは若い子たちの成長でした。どのチームも若手の成長というのは1つのキーになっていて、若い子がどんどん伸びているチームはやっぱりチームとしての勢いが違います。若い分、安定感はなくてもガムシャラに向かっていくことでチームを活気づかせることができるんですね。そういう若い力を見ていると、正直、少し不安になったし、焦りも感じました。ただその一方で自分もコートに戻ればまだまだやれるという気持ちがあったのも確かです。
――当然、トッププレーヤーとしてのプライドもあると思います。
川村:プライドはありますよ。今の自分は底辺まで落ちたわけではないし、(現段階で)ケガする前の過去の自分を追い越すことはできなくても、過去の自分に近づくことはできると思っています。難しいけど、どれだけ近づけるかですね。
――今“過去の自分„とおっしゃいましたが、過去と現在とプレーヤーとして自分が変わったのはどんなところでしょう?
川村:まず勢いまかせでプレーしなくなった。その場の状況を考えるようになった。つまり、我さきというのではなく、その状況に合ったプレーを考えるようになったということです。シュートを打てばいいとか、ボールを持ったら攻めればいいとか、かつてオフェンスマシーンと言われていた時代と比べると、今は行くときは行く、退くときは退くといった中堅らしいプレーをしているのかなという気はしています。
――ケガから戻ったチーム(三菱電機名古屋)の中で、今、自分が1番求められているのはどんなことだと考えていますか?
川村 正直、今、このチームの中で僕がボールを持って中心になることはないと思っています。(五十嵐)圭さんがいてゲームメイクして、ウンバイがいてゲームメイクして、というように、その役割はやっぱりこれまでこのチームでやってきた選手たちが担っている部分が大きいと思うんです。だから、今日みたいに3Pを打つ仕事がメインになっているというのは自分でも感じているし、今は求められていること、やるべきことをしっかりやり遂げることだけを考えています。今日は勝負所でコートに出ていましたが、ああいう時間帯にコートにいたのはほんとに久しぶりなんです。そういった意味ではコーチの信頼を勝ち得たうえでチームの勝利につながるプレーをすること、まずはそれを心がけていきたいですね。
――日本代表チームについてはいかがでしょう? 今回は候補選手の選に漏れましたが、また選ばれてみせる!という気持ちはありますか? 胸の奥にメラメラと(笑)
川村 そうですね。自分はまだできると信じているので、胸の奥にメラメラと(笑)。そのためにもこれから復帰したコートの上で実績を積んで、自分の力を証明しなくてはなりません。プレーの精度というのもそうですが、やはり勝負勘というのはコートに出ていないと鈍ってしまうものなので、これからはどんどんゲームに使ってもらえるよう頑張って、その勝負勘を取り戻していきたいと思っています。
インタビューした翌10日、三菱電機名古屋は前日とは打って変わったスタートダッシュでリードを奪い、72-65で日立東京を下した。と、同時にこの2連勝によりプレーオフ出場権を奪取。川村はこの日、今季最長の34分24秒のプレータイムを得て復活をアピールしてみせた。あとわずかとなったレギュラーシーズン、4月10日現在、22勝26敗でトップに大きく水を開けられている三菱電機名古屋が、川村の復調とともにどんな戦いを見せてくれるのか。残り7試合がプレーオフに向けた確かな助走となることに期待したい。