文・三上 太 写真・吉田 宗彦 / 安井 麻実
誰にだって「何かちょっと違う」という感覚はあるものだ。言葉にはしづらいのだけど、やっぱり何かがちょっと違うんだという感覚。
インタビュアーはそれが何かを引き出すのが仕事だし、取材対象者は、彼もしくは彼女がプロであればあるほど、それが何かを表現しようと考える。しかしその「ちょっと違う」何かは、そう簡単に正体を現さない。現さないけれども、それが自分の道を妨げようとするものならば、その「ちょっと違う」何かを乗り越えなければならない。アスリートであれば、そこに勝因が潜んでいるかもしれないからだ。
NBL・東芝ブレイブサンダース神奈川の栗原貴宏は、ファイナルの第3戦を終えたとき「個人的にはひどいとしか言いようのない出来」とそれまでを振り返った。
「原因はファイナルの雰囲気だと思います。自分では慌てないでプレイしているつもりでも、ちょっと違う。本当に微妙なところなんだけど、いつもの自分のペースでできていないなって、プレイしていても感じるんです」
初めてのファイナルではない。それでもファイナルが持つ独特の空気に、どこかが狂っている。
栗原の持ち味は、相手エースを封じるディフェンス力にある。それについてはファイナルの対戦相手、アイシンシーホース三河のエースである金丸晃輔をフィジカルなディフェンスで嫌がらせ、存在感を発揮した。スタメンの座こそ長谷川技に譲り、彼と2人がかりで金丸を抑える構図にはなったが、ベンチメンバーだからこそ、自分が求められるディフェンスだけは譲れない。そんな意地さえ見えるそれだった。
ただ、プラスアルファの部分、つまりオフェンスでも貢献したいのだが、そこで何かが噛み合わない。セミファイナルまでは要所で沈めてきた3ポイントシュートが、ことごとくリングに弾かれていく。第4戦で切り替えよう。第4戦からの舞台は学生時代から使い慣れている代々木第二体育館だ。観客が埋まったときの雰囲気も大田区総合体育館よりはつかみやすい。
「個人的なことを言えば、ここ(大田区総合体育館)は開幕戦でケガをした、イヤな思い出もありますからね」
話は前年の10月にさかのぼる。
NBL最後のシーズンの開幕戦、日立サンロッカーズ東京とのゲームで栗原はケガをしてしまう。捻挫のような退場の仕方だったが、実際は「左足首腓骨腱筋脱臼」。約1か月の休養を経て6試合ほどで復帰をしたが、足の痛みは引かない。「切り返しの動きで痛みが出るなど持ち味のディフェンスに影響が出ていたし、シュートのジャンプでさえ痛みが出てきたんです。まだシーズンの序盤だったし、このままではキツイな」。そう考える栗原に対して、医師も「いくら休んでも治るものではない。手術しか治す方法はない」と言い、シーズンの途中で栗原は足首の手術に踏み切った。
手術を決意し、実行したまではよかったが、シーズン終了までに間に合うのかどうかはわからない。そんな不安を抱えながら、約4か月のリハビリは苦しかったと言う。それでもレギュラーシーズンの終盤、千葉ジェッツ戦で復帰を果たすと、チームが連勝中のよい流れも相まって、その試合で栗原はチーム2番目の17得点を上げた。約12分の出場で、だ。
その勢いはプレイオフに入っても続き、クウォーターファイナル、セミファイナルと毎試合1本以上の3ポイントシュートを沈めてきた。北卓也ヘッドコーチも栗原のカムバックを、選択するプレイの「オプションが増えた」と歓迎していた。むろん北ヘッドコーチは栗原への期待をディフェンスに向けているが、そこでよいプレイができれば、おのずとオフェンスにもつながってくる。栗原自身もそう信じて、ファイナルに臨んでいたのだ。
ファイナル序盤で感じた「ちょっと違う何か」は、勝手知ったる代々木第二体育館に移っても埋めきれず、栗原はファイナルを終えるブザーを聞くこととなる。
「個人的には全然納得がいかない……いや、ディフェンスではちゃんとつなげたと思いますけど、オフェンスはまだまだダメだなと。5試合で5得点でしょう? ファイナルの前まではできていたので、ファイナルの大舞台でこそ、あとからコートに入るメンバーがもう少し取らなきゃいけないなと感じています」
結果は伴わなかったが、それでも栗原は積極的にゴールにアタックしていた。自分のシュートタイミングでパスを受ければ、迷わず3ポイントシュートを放ち続けた。それが第5戦の第4P、アイシン三河に5点差と詰め寄られた場面で、左サイドからベースライン沿いにドライブをした辻直人のアシストを受け、ベンチ前の、得意のコーナーから3ポイントシュートにつながったのだ。
「1本だけだったけど、入ってよかった」
ディフェンスではアイシン三河の金丸を、体力的にも、メンタル的にも追い込み、彼本来の仕事をさせなかった。ボールを持たせないことでフラストレーションを溜めさせ、タッチさえも狂わせた。
ポジションをシェアする長谷川も「たとえ僕がファウルトラブルになっても、クリさんが後ろにいるので思いきりプレイができる。とても大きな存在です」と言っている。
「開幕戦でケガをして、手術をするとなったときは正直、試合に戻れるかどうかもわからない状態で不安もありました。でもこうしてつなぎという形でも、新人よりは経験はありますし、ミスも少なくつなげられたと思います」
そしてこう続ける。
「本当はもっとやりたかったけど、試合の流れもあるし、この経験を次に生かしてやっていきたい」
まだまだ体力は完全に戻っていないし、筋力も戻ってきていない。シーズンオフに鍛え直して、今秋からのBリーグでは栗原の躍動する姿を見たい。持ち味でもあるフィジカルなディフェンスとともに、要所のオフェンスで相手にダメージを与える、武骨なフォワードの矜持は、「ちょっと違う何か」を今度こそ見つけて、越えるはずだ。