川崎ブレイブサンダースが主催している不二家PRESENTS B.CLUB U15 WOMEN’S CHAMPIONSHIP(以下、U15 WOMEN’S CS)に第1回から参戦しているクラブのうち、初代女王の福島ファイヤーボンズU15やその後に連覇を果たした秋田ノーザンハピネッツU15女子、第4回の今大会で初優勝を遂げた三遠ネオフェニックスU15が爪痕を残してきた中、越谷アルファーズU15 Girlsに関しては、上位進出どころか、昨年までただの1つも勝つことができずにいた。
チームを率いる小磯典子ヘッドコーチは、長崎・鶴鳴女子高(後に長崎女子高→鶴鳴高)から共同石油(現・ENEOS)に進み、1996年のアトランタ、2004年のアテネと2度のオリンピック出場を果たすなど、日本代表の大黒柱として活躍したレジェンド。2010年の現役引退後は母校の指導や千葉ジェッツのスクールコーチなどに従事したほか、一昨シーズンまで長崎ヴェルカのホームアリーナだった長崎県立総合体育館の館長という肩書も持っていたが、アカデミーコーチとしてジョインした越谷で2023年にU15女子チームを立ち上げた。トップチームがB2所属だった当時の越谷は桜木ジェイアールや田渡優、安齋竜三といったビッグネームのコーチを招聘していたが、小磯HCもその1人だ。

「看護師になりたいというのは漠然と思ってて、励ました人が元気になったりという経験もあったので、人を助けたい、誰かのためにというのはあった」という小磯HCだが、36歳まで第一線で戦い続けたバスケットはやはり人生の土台になっていた。指導者になったのは必然のことだったと言えよう。
「引退して仕事がなくてどうしようってなったときに、『私は今まで何をしてきたの? 私にはバスケットがあるじゃないか』と思って、コーチでもう1回バスケットで勝負しようと思って始めたのがスクールだったんですよ。その中で良い出会いがあって、何をしたいのかと訊かれたときに『自分のチームを持ちたい』と言って、それを実現してくれたのがアルファーズなんです」
2021年から使われている越谷の専用練習場・アルファーズコートは、小磯HCの自宅の目と鼻の先にある。かねてから小磯HCは周囲に「近い所で何か良い話はないか」と種をまいていたが、それを伝え聞いた当時の青野和人GM兼ユースダイレクター(現・信州ブレイブウォリアーズチーム本部長)の「やりましょう」という鶴の一声で、「地元でチームを持つ」という希望が叶うこととなったのだ。

チームを率いるにあたって自身が指導を受けた全てのコーチを思い返し、「皆さんのエキスをいただいた感じです。共通してたのはわがままなプレーを嫌う、バスケットは助け合いだよということ」と肝に銘じたという小磯HCだが、子供と大人の狭間にある難しい年頃を指導するからこそ、自身の経験も思い出し、バスケット以上に人間的な成長を重視した。











