2016年度までの天皇杯・皇后杯は、年明けの短期間に凝縮されたトーナメントゲームが行われており、バスケット界の新年の風物詩のようになっていた。その後に変更されたフォーマットでの開催が8年続いていたが、今年度からはおおよそ元の形に戻った格好となった。その影響で今大会に出場できなかったBリーグ・B3リーグのクラブやWリーグチームがあった一方で、北は北海道から南は九州・沖縄までの地方ブロック予選は継続され、その代表がファイナルラウンドに進出する仕組みが復活している。
この枠には実業団の強豪やクラブチームが名を連ねるが、高校や大学にチャンスが与えられる枠でもある。実際に、皇后杯では9つの枠のうち3枠を高校が占めた。東海ブロックを制してファイナルラウンドに駒を進めてきたのは、すっかり全国大会の常連となった四日市メリノール学院高だ。

1月5日の1回戦で対戦したのは、社会人枠での出場となった山形銀行。ただ、この試合はチームスタッフにとっては大変なものだった。同じコーチ陣が指導している中学部が三重県代表としてJr.ウインターカップにも出場しており、その試合も同日に予定されていたからだ。調布市にある京王アリーナTOKYO(旧名・武蔵野の森総合スポーツプラザ)で11時開始の試合を消化した後、世田谷区にある駒沢オリンピック公園体育館に移動し、17時から皇后杯の試合に臨むというスケジュール。同じ東京都内だから可能なことではあったが、皇后杯のフォーマットが変わったことによって実現した、実に稀なケースとなった。
中・高ともに指揮を執っている稲垣愛コーチも「さすがに初めてです(笑)。インターハイと中学の県大会が被ったりはしてたんですけど、全国大会と全国大会が被るというのは初めての展開ですね」と苦笑い。付け加えておくと、中学部の試合は山形ワイヴァンズU15との対戦だった。偶然にも、中・高ともに山形県勢と戦ったのである。稲垣コーチは「山形の子たちも応援に行くと聞いてたので、中学生ならではの応援合戦があったりして、途中ちょっと恥ずかしかったです(笑)」とまた苦笑いした。
東海ブロック代表となっても、ファイナルラウンド出場を辞退することはできる。それでもこの強行日程を敢行したのは、選手たちの意欲によるものだった。コーチ陣の仕事は増えてしまうが、稲垣コーチはその強い意志に応えた。
「皇后杯予選の東海ブロックで優勝したときに『どうする?』って訊いたんですよ。そしたら即答で『出る』って言ったので、じゃあそこまでやろうと。ウインターカップが終わった後も練習しないといけないし、年始も早いので集合も早くなるけど大丈夫? って訊いても『大丈夫です』って」
稲垣コーチにとって、今年度の3年生は特に心強い存在だったようだ。ウインターカップ敗退後に一旦スイッチが切れてもおかしくない状況ながら、皇后杯ファイナルラウンド出場を志願した選手たちは、気持ちの面でしっかり準備していたと稲垣コーチは証言する。

「ウインターカップが終わって、新チームは遠征に出たんです。3年生は帰省したりお休みに入ったんですけど、どんな顔して練習に入るのかな、大丈夫かなと思って2日の練習を見たら全然そんなことなくて、集中して良い顔をしてやれてたのでちょっと安心しました。何か言おうかなと思ってたんですけど、今年の3年生は自分たちでしっかりやろうとしてくれたので、何も言うことはなかったですね」
皇后杯となれば、対戦相手は必然的に “大人” のチームになる。しかも、山形銀行は社会人日本一の経験も持つ強豪。そんな格上の相手との試合は難しく、44-77と大差で敗れる結果となったが、互角に勝負できる時間帯もあった。「子どもたちにとってはすごく良い経験になる、本当にお年玉みたいな大会になりました」と、稲垣コーチも収穫を感じられたようだ。











