成熟した “キング” へ
今年度のWリーグ・ベストトランスファーは比較的スムーズに決まった。トヨタ自動車アンテロープスからENEOSサンフラワーズへと移籍した長岡萌映子である。
詳細な経緯はわからないし、偶然の一致なのかもしれないが、2021-22シーズン終了後、トヨタ自動車から去る選手が多く出た。Wリーグを連覇したにも関わらず、である。しかも、その多くがリーグ連覇の立役者だった。長岡以外には、三好南穂が現役を引退、馬瓜エブリンが「長い夏休み」の取得、河村美幸もトヨタ紡織サンシャインラビッツへと移った。
この時点でまず「ベストトランスファー」は絞られる。長岡か、河村か。加えて、長岡とは逆のルートを辿った梅沢カディシャ樹奈と、シャンソン化粧品シャンソンⅤマジックに戻った谷村里佳も俎上に上がる。
そのなかで、自身初の皇后杯制覇と、ENEOSの3シーズンぶりのリーグ制覇に貢献した点が評価されて、長岡にベストトランスファーを送ることが決まった。
むろんチーム成績だけではない。起用方法の違いが最も大きな要因だが、得点、リバウンドともに、前シーズンよりも高いスタッツを残している。長い間、女子バスケット界の頂点に立ち続け、優勝を至上命題にしているENEOS。そんなチームに移籍して、もがきながらも最終的にチームにフィットしたバスケットIQの高さもまた、2度のオリンピックを経験し、気づけばWリーグで11シーズンを戦ったベテランならではである。あの “モエコ” が、失礼ながら、2023年12月で30歳になるのだから、月日が経つのは早い。
高校時代から突出したスコアラーとして世代をリードしてきた。Wリーグに入ってからも、早々に富士通レッドウェーブのエースとなり、リーグを代表するスコアラーへと成長していった。得点へのこだわりと、それをときに豪快に、ときに華麗に表現する様は、“キング” ── より親しみを込めて “モエキング” と呼ぶにふさわしいものだった。
しかし、トヨタ自動車に移籍をすると、タイムシェアなどもあり、キングらしいプレーが影を潜める。2018年には病に侵され、手術したことも公表している。そうしたさまざまな事情から、彼女自身が魅力に感じたディフェンスとアシスト、そして、ここぞで一本を決める選手になろうと方向転換。その後、家族の健康状態も悪くなるなど長岡の心労は絶えず、自身も不調をきたしていく(「REALSPORTS」https://real-sports.jp/page/articles/788596483552183412)。
そんな状態を理解したうえで、それでも長岡の力が欲しいと申し出たENEOSで、彼女は、今の自分にできる最大限のプレーを発揮した。プレーの質が落ちているわけではない。むしろ、心身ともに苦しめらえたさまざまな状況を乗り越え、成熟した “キング” として、ENEOSで活躍してみせた。
2022-23シーズンのリーグ制覇は、長岡にとって「個人的リーグ3連覇」でもある。「優勝請負人」などと書くと、若いころのように天狗になりそうなので、書かない(書いている)。
「成熟した」と書いたが、これから先もベテランの妙味を、彼女なら見せてくれるはずである。2023-24シーズンもENEOSのロスターとして登録されたし、円熟へと向かう “モエキング” をこれからも注目し続けたい。
文 三上太
写真 W LEAGUE
「Basketball Spirits AWARD(BBS AWARD)」は、対象シーズンのバスケットボールシーンを振り返り、バスケットボールスピリッツ編集部とライター陣がまったくの私見と独断、その場のノリと勢いで選出し、表彰しています。選出に当たっては「受賞者が他部門と被らない」ことがルール。できるだけたくさんの選手を表彰してあげたいからなのですが、まあガチガチの賞ではないので肩の力を抜いて「今年、この選手は輝いてたよね」くらいの気持ちで見守ってください。
※選手・関係者の所属は2022-23シーズンに準ずる。