『夢を語れ!!』という特集で谷口大智を取材したのは2014年のことだった。バスケットボールスピリッツがまだ紙媒体であったころ、アメリカの大学に通う谷口に将来の夢を語ってもらったのだ。彼が口にした当時の夢は『NBA選手になること』と『オリンピックに出場すること』。残念ながら二つの夢は叶わないままに時は流れたが、32歳の谷口が下を向く様子はない。
「夢を追い続けていくことはもちろんすばらしいことだけど、それだけに固執するのはちょっと違うと思うようになりました。もしそれが叶わなかったとしても次に向かう夢、目標というのは見つけられるはずです」
それは決して自分のハードルを下げることではない。
「今自分がいる場所、そこで自分がやるべきこと。成し遂げるものを見据え全力を尽くすということ。それが今の自分のマインドになっています」
アメリカで模索した自分のあらたな武器
奈良県出身の谷口がバスケットを始めたのはなんと2歳!小学生のときに190cmまで伸びた身長は『バスケット界の逸材』としてテレビに取り上げられ、U-15日本代表メンバーから飛び級でU-18の代表に選出されたことも話題を呼んだ。進んだ洛南高校では1年上の辻直人(広島ドラゴンフライズ)や同期の比江島慎(宇都宮ブレックス)らとともにウインターカップ3連覇を達成。当然のごとくその後の進路が注目されたが、谷口が選んだのは漫画家の井上雄彦氏が設立した『スラムダンク奨学金』に応募し、アメリカの大学でプレーすることだった。栄えあるスラムダンク2期生として海を渡ったときの心境を谷口はこう振り返る。
「日本の大学からも声をかけてもらっていましたし、そのまま(日本の)大学に進んで身長を生かしたインサイドプレーをやっていれば間違いなくプロに行けると言われる方もいました。だけど、それでいいのか?という自分がいて、何か新しい武器を取り入れ、変化していかなければ選手として行き詰まるときが来るんじゃないかと思ったんです。アメリカに行ったら当然僕より大きな選手はたくさんいますから苦労することは目に見えていました。けど、なんていうか、その苦労は自分が変わるために必要なことなんじゃないかと思えたんですね」
良くも悪くもバスケットは幼いころから生活の真ん中にあり、長身選手として注目されること、期待されることを常に意識しながら育った。聞こえてくる周りの “評価” を、ついつい “自分を測るものさし” にしてしまう。いや、そうじゃないよな。違うよな。18歳の胸に居座るモヤモヤ。
「もっと自分自身を客観的に見られるようになりたいと思いました。自分のことなんて誰も知らない環境ならそれができるような気がしたんですね。自分を客観的に見て納得できれば周りからどう見られてもいいやと(笑)」
スタートはコネチカット州サウスケントスクール。そこからアリゾナ・ウエスタン大(2年制)に進学、卒業後1年のレッドシャツ(練習生登録で試合には出られない)を覚悟の上でサウスイースタン・オクラホマ州立大に編入した。6年に及んだアメリカ生活には忘れ難い思い出がたくさんある。が、その中で選手としてターニングポイントになった時期は?の問うと、迷うことなく「アリゾナ・ウエスタン大の2年生のときです」と答えた。