第2クォーター残り2分7秒に、その瞬間は訪れた。当の本人がそう言っていたように、確かに緊張の色は見て取れた。ウォームアップジャージを脱ぐのにやや手こずり、小走りでコートに入っていったときもその表情は少し硬かった。
「試合に出られるというのは当たり前じゃないので、出たときは自分のやるべきことをしっかりやろうと思ったんですけど、380日ぶりくらいだったのでさすがに緊張しました」
正確に言うと、コートに立つのは385日ぶりである。シャンソン化粧品・水野妃奈乃が試合中に右膝前十字靭帯断裂の重傷を負ったのは、昨年11月14日のトヨタ自動車戦でのこと。それから1年余りが経った12月4日、第89回皇后杯・全日本バスケットボール選手権2次ラウンドの東京医療保健大学戦で念願のコート復帰を果たしたというわけだ。水野がコートに入った瞬間、チームメートは立ち上がって拍手で送り出し、観客席からも拍手が起こった。残念ながらシャンソンは敗れ、ファイナルラウンド進出を逃す結果となってしまったが、水野がこの日コートに立った2分7秒はファンの心にも、チーム全員の心にも、そしてもちろん水野自身の心にも強く刻まれたに違いない。
李玉慈ヘッドコーチによると、練習では少し前からスクリメージにも入っていたそうだが、状態としては「まだ完璧ではないです」ということだ。
「まだ怖がるところがあって、なかなか強度が上がってこないので、実戦で経験してきなさいということで今日はちょっとだけ出したんですけど、『無理しないで』ということは言いました。これから少しずつプレータイムを伸ばしていこうと思います」
昨シーズンもケガを負うまではスターターとして起用していただけに、李玉慈HCとしても「良いものを持ってるんですよ。シューターとして育てなきゃいけない選手。これからの試合では役に立ってくれると思います」と大きく期待している選手。谷村里佳が日立ハイテクから戻り、その日立ハイテクから北村悠貴も獲得。新潟アルビレックスBBラビッツのエースガードだった宮坂桃菜も加えるなど、今シーズンのシャンソンは大型補強を断行して久しぶりの頂点に向けた本気度を窺わせているが、選手層が厚くなった中でも水野の力は間違いなく必要となってくるだろう。
ただ、そのシャンソンは今難しい局面に立たされてもいる。谷村とともにインサイドの主軸を張っている佐藤由璃果が、この試合の前々日の練習中に左膝前十字靭帯断裂、外側半月板損傷という大怪我に見舞われた。開幕前には藤岡麻菜美が家族性地中海熱という国の指定難病を患っていることも公表されており、Wリーグのレギュラーシーズンをまだ6試合しか消化していない段階で早くもアクシデントが続出している状況だ。
特に、この皇后杯直前に佐藤が負傷してしまったことはあまりにも痛く、水野によれば「今日は試合の入りが良くなくて、自分たちのバスケットができないのが最後まで続いてしまった。佐藤の怪我があり、やっぱり心の切り替えができていなかったのかなと思いました」と、チームに影を落としてしまったところは少なからずあったようだ。