内なる“闘争心”を解放し、皇后杯8連覇に貢献
ENEOSサンフラワーズにはひとつの不文律、つまりはチームのなかで暗黙のうちに守られている約束ごとがある。年が明けてもすぐには「あけましておめでとうございます」とは言わない。それを言うのは年始におこなわれる皇后杯が終わってから。そういう不文律である。
しかし2020年度の皇后杯は同年12月にファイナルラウンドがおこなわれた。いつもとは異なる大会日程に違和感を覚えつつも、「今年は堂々と元日に『あけましておめでとうございます』が言える」と思った選手もいたはずだ。果たしてENEOSは8年連続25回目となる皇后杯を下賜された。結果だけを見れば「今年もまた」なのだが、その内容は過去7年とはまったく異なる。チームの絶対的なエースであり、女子日本代表の大黒柱でもある渡嘉敷来夢が、ファイナルラウンドの初戦、準々決勝の富士通レッドウェーブ戦で戦線離脱をしてしまったのである。右膝前十字靱帯断裂。皇后杯はおろか、その後のリーグ戦、今夏の予定されている東京オリンピックさえも絶望的な大ケガである。
それでもENEOSが8連覇を達成できたのは、渡嘉敷のケガでチームがよりひとつにまとまったからである。エースを失ってもなお、ENEOSの選手たちは自分たちのバスケットを貫き、“女王”のマインドは失わなかった。
それはルーキーの中田珠未にも言える。2020年春に早稲田大学から入団してきた182センチのセンターフォワードは、渡嘉敷の穴を完全に埋めるとまでは言わないまでも、対戦相手からすれば想像以上の活躍を見せて、8連覇に貢献したのである。
それから2週間後の1月3日、ENEOSで初めての正月を迎えた中田は「あけましておめでとうございます」と言って、オンライン取材の画面に入ってきた。そこで改めて皇后杯を振り返る。
「(渡嘉敷の戦線離脱は)本当にまさかすぎて、正直、めちゃめちゃ緊張するかなと思っていたんです。でもやらなきゃいけないことがたくさんありすぎて、緊張する余裕もありませんでした」
富士通戦こそ突然のことで「テンパった」と言うが、2日後の準決勝、デンソーアイリス戦からスタメン出場し、20得点・3リバウンド(78-62で勝利)。翌日の決勝、トヨタ自動車アンテロープス戦では40分フル出場で15得点・8リバウンドをあげている(87-80で勝利)。近年のバスケットでは考えにくいプレータイムだが、中田を含めて4人がフル出場だったことを考えると、この一戦にすべてを賭けた“女王”の意地を垣間見ることができる。女王であり続けるための強い意志がそこにあり、中田もまたそれに応えたのである。
中田個人にとって特に高いハードルとなったのは準決勝のデンソー戦だろう。マッチアップするのは髙田真希。女子日本代表のキャプテンをも務めるデンソーの大黒柱をいかに守り、いかに攻略するか。ENEOSの梅嵜英毅ヘッドコーチからは「(髙田に)20点、30点取られてもいいから、リバウンドを10本取ってこい」と送り出された。結果としてリバウンドは指示に遠く及ばない3本だったが、髙田を19得点に抑え込んでいる。これも勝因のひとつだったと言っていい。