※本記事はバスケットボールスピリッツのWEB化に伴う、2017年8月末発行vol.12からの転載
移籍に関するルールが変更になり、かつてないほど多くの選手がチームを移ったWリーグのシーズンオフ。なかでも大型補強に成功したのが昨シーズンの準優勝チーム、トヨタ自動車アンテロープスだ。しかしその裏には移籍者、新加入者の苦悩もあった。彼女たちは何を思い、アンテロープスという新天地へと向かったのか── 。
“逆輸入”ヒル理奈の野望
4年前、ルイジアナ州立大学(以下、LSU)に入学したヒル理奈は「卒業後に日本へ帰る選択肢はなかった」と認める。
「目指すところはWNBAで、それができなければヨーロッパか中国でプレーすることを考えていたんです。そうしながら毎年WNBA入りを目指していくという形ですね」
しかしヒルにはもうひとつの目標があった。日本代表入りである。愛知・桜花学園高校時代にU-16、U-17日本代表として国際大会に出場したことはあるが、今の彼女が見据えているのは2020年の東京オリンピックだ。東京オリンピックに日本代表としてプレーしたい。選手である以上、そう考えるのは自明の理と言っていい。
「そのためには何がベストの選択なのかを考えました。海外でプレーを続けることは大きな経験になりますが、日本代表やWリーグの指導者、さらに日本のメディアにも見てもらう機会が少ないと思うんです。ならば日本で自分に何ができるかを3年くらいかけて証明する必要があると考えたんです」
それが日本への帰国を決めた一番の理由だ。
トヨタ自動車に入団を決めたのは、LSU在学中、夏休みの一時帰国などの際に知人を通じて、トヨタ自動車の葵体育館を利用させてもらったことに因る。そこでドナルド・ベックヘッドコーチの考え方にも触れる機会があり、「JX-ENEOSサンフラワーズを倒すにはトヨタが一番かなと。また数年前にはほとんどいなかったアメリカ人のヘッドコーチを起用するなど、リーグの中でも変化の中心にあるトヨタにあって、自分もその変化の中心にいたいと思って、トヨタ入りを決めました」。
当面の課題は日米の微妙なルールの違いに慣れることと、コート上で常に動き続ける、日本のバスケットにフィットすること。それができればアメリカ仕込みのフィジカルの強さとリーダーシップ、そして得意のミドルショットでチームに新しい風を吹き込むことができる。ヒルはそんな確信を持って、今、練習に励んでいる。
茨の道を選んだ三好南穂の覚悟
三好南穂に刺激を与えたのは、アジアカップ3連覇を達成した女子日本代表のポイントガード── 吉田亜沙美、町田瑠唯、そして同期の藤岡麻菜美だった。
「シャンソン化粧品シャンソンVマジックでは自分とイチ(本川紗奈生)さんが得点の中心で、どうしても点数ばかりを求められてきました。それは自分の一番いいところでもあるので、トヨタ自動車でもやっていきたいところなんですけど、一方でトヨタにはモエコ(長岡萌映子)や(馬瓜)エブリンが入ってきて、セナ(水島沙紀)さんなどもいるので、そうした選手たちに合わせるパスがもっとできるのかなと思ったんです」
3ポイントシュートを中心とした得点力と勝負強さを兼ね備える三好は、その自負を持ちながらも、日本代表の司令塔が「周りを生かすプレーができていますよね。そういうところでも刺激をもらって、自分ももっとプレーの幅を広げたいと思ったんです」と、移籍の要因を話す。
移籍をするにあたり、トヨタ自動車の他にも、三好獲得に手を挙げたチームがある。パスのターゲットがいて、しかもガードの選手層を考えればトヨタ自動車以外のチームに移籍したほうがプレータイムは、おそらく長くなったはずだ。「タイムシェア」と呼ばれる、プレータイムの平均分配を遂行するベックヘッドコーチのバスケットではコートに立つ時間は短くなる可能性もある。それでも三好はトヨタ自動車を選んだ。
「確かにトヨタだと出られない可能性もあるから、そこは少し悩みました。でもそこも日本代表につながるというか、トヨタの今のメンバーで自分が負けていたら、日本代表なんて話にならないし、そこで負けたら負けたで、自分はそこまでの選手なんだと思って、トヨタへの移籍を決めたんです」
覚悟、である。強い覚悟でトヨタ自動車への移籍を決断した三好だからこそ、開ける道もある。