「キヨシ!ベーシックだろっ」
そう及川晋平ヘッドコーチに檄を飛ばされていたのが、2016年リオパラリンピックを控えた合宿中だった。当時は車いすバスケならではのスキルを身につける“ベーシック”に注力し、強化していた。その合宿からちょうど2年の月日が経った今、「三菱電機ワールドチャレンジカップ」に挑んだ車いすバスケ男子日本代表は、世界の強豪を相手に全勝優勝するまでに進化を遂げている。
同じことをずっとやり続け、最後の最後に突き放して勝つのが僕らのスタイル
「今もベーシックは根底にあり、それに加えてタクティカル(戦術)や状況判断が求められています」と現状について切り出したのは、キヨシこと藤澤潔選手だ。リオパラリンピックで世界との差を痛感した日本は、昨年からスピーディーなトランジションバスケットに取り組んでいる。
「これだけトランジション(攻守の切り替え)の激しいバスケットをするためにもベーシックが最低限必要です。それができたうえで、バランスや状況判断をしながらゲームをコーディネートしていく領域に入ってきています。『ベーシックができていない選手はついていけない』と及川ヘッドコーチにはもちろん言われています。よりバスケットのことを深く考えており、このスピード感の中でより良い判断をする次のステージに向かいはじめていると感じています」
オーストラリア、カナダ、ドイツを招いて行われた今大会。総当たりのリーグ戦では、その強豪をすべて破り、優勝決定戦で再び対戦したオーストラリアを2度に渡って破り、初優勝を飾った。オーストラリアは2008年北京パラリンピック金メダリスト(銀メダルはカナダ)、続く2012年ロンドンパラリンピックはカナダが頂点に立っている(銀メダルはオーストラリア)。今年8月に行われるIWBF世界選手権(ドイツ開催)にはいずれも出場権を得ており、オーストラリアは昨年のアジア・オセアニア予選チャンピオン。これまでなかなか勝てなかった同地区のライバルに対し、2連勝することができた。
「同じことをずっとやり続けていることが勝因です。オーストラリアは僕らのプレスやアグレッシブなコンタクトをすごく嫌っていました。それでも相手は強豪国なので、ディフェンスの間をかいくぐって得点を決めてきました。しかし、最後の最後は向こうの心が折れて、僕たちはまだまだやり続けられる部分で上回っていました。最後は(車いすを)もう漕ぐのもイヤだと相手は思ったと思います。世界では楽に勝てる試合は一つもありません。同じことをやり続け、最後の最後に突き放して勝つのが僕らのスタイルであり、それを出せたことが一番良かったです」
決勝戦のオーストラリアは闘志をむき出しにし、「最初からトラッシュトークとかなりハードなコンタクトをしながら戦う気持ちで向かってきていました」と藤澤選手も感じていた。同時にうまくいかないことで、フラストレーションも溜まっていた。相手の気迫を真っ向から受け止め、冷静かつアグレッシブなプレーで日本がペースを握っていく。予選リーグと決勝はいずれも最後に突き放し、勝利を奪う同じ勝ちパターンだった。
「2試合とも同じように最後は相手が心を折れてくれました。まだまだ攻略はされておらず、逆に僕らが相手を知ることができ、常にオーストラリアを上回ることができるのではないかと感じています」
同じクラスのライバルである豊島のレベルに近づきたい
優勝したことはもちろんだが、リオパラリンピックから積み重ね、レベルアップさせてきた練習の成果が実ったことが大きな自信につながっている。同時に、課題を克服すればさらなる高みを目指せることも確信できた。
「今大会を通じてディフェンスは良かったですが、オフェンスは課題であり、僕たちは7〜80点を獲れるバスケットができるはずです。オフェンスのスムーズさや心地よさが浸透していけば、さらにスコアが伸びてより相手を苦しませるようにしていきたいです」
及川ヘッドコーチも「疲れたことで、技術が落ちてしまった時間帯がいっぱいあった。それがある限り、完成度は甘い。そこが向上すればイージーシュートを全て決められるようになり、オーストラリアを相手にも80-50で勝てる」と話しており、まだまだ発展途上段階だ。
藤澤選手個人としては、「同じクラスのライバルである豊島のレベルに近づきたい目標があります」。及川ヘッドコーチがMVPとしてその名を挙げ、全幅の信頼を寄せる豊島英選手と藤澤選手は、同じ持ち点2.0。及川ヘッドコーチも、このクラスの選手層を厚くしたい意向がある。藤澤選手は、オーストラリア戦で豊島選手とともに先発で起用されていたことも期待の現れである。ライバルと切磋琢磨しながら選手個々がスキルアップし、それがチーム全体のレベルアップにつながる。
「チームとして向かっている方向性が間違っていないという手応えを感じています。自信を持って、今後もまたトレーニングしていきます」
8月のIWBF世界選手権へ向け、努力は続く。
文・写真 泉 誠一