青天の霹靂だった。
中部大学第一の3年生センター、ブバカー・ンディアイエが大会初日の夜、「自分はチームに不要な存在だ。マリに帰る」と言い出したのである。その日の出来があまりによくなく、他方、後輩のセンター、バトゥマニ・クリバリはのびのびとプレーしている。その落差に自信を失ってしまったのだろう。日本人にはない高さ、パワーを武器にゴール下を支配する留学生プレーヤーも中身はまだ10代の高校生。ちょっとした心の傷が――たとえそれが直接誰かにつけられたものではなくても、自分の存在価値さえも見失う要因になってしまう。
チームを率いる常田健は、大会初日の夜におこなわれるレセプションパーティーに参加しながら、どこか気が気でなかったという。むろんブバカーがマリに帰ることは、能代にいるという状況からも、渡航費の視点からも現実的ではない。そうわかっていながら、10代の子を預かる身としては、真相を聞き出し、解決する責任がある。そう考えていたわけだ。
大会2日目の朝、能代市総合体育館の片隅で常田がブバカーの肩に手を回し、顔を覗き込みながら諭していたのはそんな理由からだった。
果たして中部大一は能代カップを全勝で制する。そこにはブバカーの要求を聞き入れ、新たに試したラインナップが功を奏したからだと常田は認める。
「僕も思いがけないことでした。でも彼の要求を受け入れて選手のコンビネーションを替えてみたら、逆にいいバスケットができるようになったんです」
中部大一には上記のとおり2人の留学生プレーヤーがいる。ともにマリ出身。3年生のブバカーは203センチ。2年生のバトゥマニは205センチ。しかし現在のルールでは2人を同時にコートへ立たせることができない。そこで彼らにそれぞれパートナーをつけるわけだが、これまでは同級生にその役割を委ねていた。ブバカーには3年生の小澤幸平、バトゥマニには2年生の深田怜音、もしくは仲宗根弘である。
小澤は身長が194センチもあるため、ブバカーとともに高さを生かして、スコアをすることができる。一方の深田と仲宗根は機動力こそあるものの、それぞれ185センチ、186センチと小澤ほどの高さがなく、チームの得点にうまく絡めていなかった。それでもパワーフォワードとして起用されていたのは、中学時代にインサイドをやっていた経験があり、留学生のパートナーを務めるにはうってつけだと考えたからだ。
昨年の中部大一には星野京介(大東文化大1年)と坂本聖芽(東海大1年)といった爆発力のある選手がいた。そのため、彼らと留学生以外の得点はさほど大きな問題にはなっていなかった。しかし2人の点取り屋が卒業した今年、留学生だけに得点を頼るわけにはいかない。昨年からの主力であり、U16日本代表にも選ばれた中村拓人の突破力と、そこからのキックアウトで青木遥平、矢澤樹らがアウトサイドシュートを狙うが、星野と坂本ほどの爆発力は、少なくとも現時点では期待できそうにない。多少の負担は強いることになるが、やはり今年は高さを前面に押し出していこう。
そう考えてチーム作りを進めていた矢先に、その高さを担う一人が戦意を喪失してしまったのだ。
常田は大会2日目からブバカーのパートナーとして、「そこそこディフェンスが頑張れるようになってきた」深田をスタメンに起用する。それが思わぬ功を奏し、これまで以上にスムーズなファストブレイクが多く出るようになった。
ハーフコートでも、ガードやフォワードの動きができる深田や仲宗根をパワーフォワードとして起用することで、“ペイントエリア内のポイントガード”のようなプレーができるようになってきた。これまではインサイドの高さを使うか、中村の1対1からのフィニッシュ、もしくはそこからのキックアウトがメインだったが、ファストブレイクが増え、インサイド同士、もしくはインサイドからアウトサイドへといった多彩なコンビネーションも出てきたわけだ。
「これまで僕のなかで臆病になって、あまりやろうと思っていなかったことを、結果的に彼の要求を聞き入れてやってみようかなと思ったときに、愛知県内では試していない組み合わせが思いのほかうまくいったんです」
留学生の失意が、どこかで新しい形を試すことに躊躇っていたコーチの迷いを払拭させ、思わぬ成果が表れたというわけだ。怪我の功名。禍を転じて福と為す。
またそれを能代カップという全国トップレベルのチームが集う大会で試せたことも、同大会での優勝と同じか、それ以上に大きな価値をもたらした。
県内には桜丘というライバルチームもいるし、そもそも今年は地元・愛知県でインターハイがおこなわれる(男子は一宮市。女子は小牧市)。地元開催での優勝を狙う中部大一にとって、能代カップでの“青天の霹靂”はチームをもう一段ステップアップさせる大きな雷鳴だった。
文・写真 三上太