昨シーズン、大塚商会アルファーズのメンバー表を見ていて、一人の選手の名前に目が止まる。
『田村 晋』
そのときは兒玉貴通選手(現ファイティングイーグルス名古屋)の取材だったために、やり過ごしてしまった。今シーズン、ふたたび大塚商会を取材する機会が訪れたときに思い出す。記憶の片隅にその名前があったのは当然であり、学生バスケに明るい読者の皆さんであれば、ハッキリと覚えていることだろう。
洛南高校がウインターカップ2連覇を果たした2007年時のキャプテンである。同級生の辻直人選手(川崎ブレイブサンダース)、一つ下には比江島慎選手(シーホース三河)や谷口大智選手(秋田ノーザンハピネッツ)がチームメートであり、翌年は3連覇を果たしている。その後に進んだ明治大学にも金丸晃輔選手や西川貴之選手(ともにシーホース三河)、中東泰斗選手(名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)、安藤誓哉選手(アルバルク東京)らがおり、後にBリーグで活躍する仲間たちと切磋琢磨しながらエリート街道を歩んでいた。
洛南高校3年次のウインターカップでは平均14.8点、明治大学4年次の関東大学リーグでも平均14.9点と二桁を挙げており、20点を超える試合も多くあった。大学卒業時、多くのチームはあったが田村選手のもとにオファーが届くことはなかった。実業団リーグを主戦場とする曙ブレーキ工業に就職し、仕事とバスケを両立させながら全国の舞台でも活躍を続けていた。
「B3リーグに行く(2016-17)シーズンからこのチームでプレーできれば自分としても一つレベルが上がると期待していたし、挑戦したい気持ちがあったので転職を決意しました」
移籍ではなく、曙ブレーキ工業から大塚商会への転職をしたのが昨シーズンがはじまる前の話である。仕事の成績も優秀でグングンと業績を伸ばしていると青野和人ヘッドコーチは感心していた。
大塚商会は企業チームであり、仕事と両立しなければならないのは曙ブレーキ工業と変わらない。しかし、ホーム&アウェーで62試合と長丁場のB3リーグは、「実業団とは環境は全然違います」。
「試合数が多いので、昨シーズンは正直言ってきつかったです。大塚商会も仕事がメインであり、自分で時間を見つけて練習しなければいけないですし、かつ土日は毎週のように試合があります。遠征から帰って来た次の日は普通に仕事をしなければならないので、本当に大変な環境です。昨シーズンはそれに慣れるまでにすごく時間がかかりました」
今シーズンはそのルーティーンに慣れ、対応できたことでチームとしても成長が見られている。学生時代や曙ブレーキ工業では得点源として活躍してきた田村選手だが、今シーズンは平均4点。大塚商会ではポジションも3番から4番になったことで、ゴールに向かう機会がそもそも減っている。「以前はプレーイングタイムも十分与えられる中で点数を獲ることが仕事でしたが、大塚商会はみんなが得点を獲れるので最初はアジャストするのも難しかったです。でも今ではしっかりコミュニケーションも取れているし、良くなってきています」と役割が明確になった。スタッツにはなかなか表れないが、190cmの体躯を生かし、チームの勝利のために身体を張っている。
企業チームとはいえ、プロチームが混在するB3リーグでの戦いは、「お客さんや会場の雰囲気などが全然違う分、すごくやり甲斐はあります。モチベーションとしてもお客さんのために、見てくれる方のために、そしてチームスタッフのためにも勝たなければいけないという気持ちは強いです」とバスケに向き合う意識が大きく変わった。
Bリーグができたことで、学生時代の仲間たちがスポットライトを浴びている状況に対し、「すごく刺激になっています」。実業団に進んだあとも仲間たちの活躍を見る度に「やっぱりトップリーグに行きたかったな」という気持ちも拭えずにいた。B3リーグとはいえ、同じBリーグ傘下の大塚商会にやってきたことで大きな一歩を踏み出した。自らが動けば何かが変わるものである。B2への昇格を視野に入れて大塚商会も前進しており、「彼らとまた対戦できるかもしれないというチャンスが出てきていることはすごくありがたいです」と新たな希望が見えてきた。
今年29歳を迎える田村選手だが、新たなステージでの挑戦ははじまったばかりである。田村選手自身が昇格を目指して戦う姿を見せることで、今度は仲間たちに刺激を与える存在にだってなれる。一度トップレベルのレールから外れたエリートだが、情熱さえあればいつだってやり直せる。仲間たちが待つステージを目指し、新しい道を走りはじめた。
「ファイナルステージ優勝を目標にしています。先のことを考え過ぎずに自分たちの力を出せれば、勝てると思っています。一戦一戦をしっかり戦って、優勝に向かっていきたいです」
残りはまだ8試合もあるB3リーグは、5月20日まで続く。
文・写真 泉 誠一