文・写真 泉 誠一
日曜夜の赤坂界隈は閑散としていた。桜坂を登り、サントリーホールを目指す。5月22日、パラリンピックへ向けた車椅子バスケットボール男子日本代表内定選手発表会が行われた。
藤澤 潔選手(埼玉ライオンズ/2.0/SG)は「日本のベーシックを軸に個人の役割をぶれることなく集中して戦っていきたい」と述べ、エースであり副キャプテンの香西 宏昭選手は「メダル獲得へ向けた目標を達成するためには、今まで及川ヘッドコーチやチームのみんなと一緒に築き上げて来たベーシックや精度をさらに一段、一段でも多く上げることがカギになってくる」と抱負を語る。
コメントを聞く中で、『ベーシック』というキーワードが耳に残る。直訳すれば「基礎の」「基本的な」「初歩的で」──車椅子バスケットボール男子日本代表チームの及川 晋平ヘッドコーチは、「緻密さ」と「和」の2つを武器にパラリンピックへ向けて強化を重ねて来た。「緻密さは、“ベーシック”という基本的なことを緻密にくみ上げていくこと」と紹介しており、基礎の部分を指していると自分の中でひとまず納得し、その日を終えた。
1週間後、第1次合宿最終日の公開練習に足を運ぶと、再び『ベーシック』が頭を悩ます。香西選手は、「今までやってきた“ベーシック”を確認した」とか、「ディフェンスでも“ベーシック”の基本的なスキルを強化した」と言う。練習中、藤澤選手に対して仲間たちから「潔、ベーシックだろ」という声が飛ぶ。
What’s BASIC!?
事前に調べたところ、『Number Web』(㈱文藝春秋)の記事「チーム全員に徹底された“ベーシック”。車いすバスケ男子日本代表、リオへ。」(http://number.bunshun.jp/articles/-/824432)で、イリノイ大学のコーチ、マイク・フログリー氏が科学的に分析して考案した車椅子バスケットのスキルという情報は得ていた。ゆえにイリノイ大学出身の香西選手も、“ベーシック”というキーワードをよく使っていた。
しかし、練習中にもベーシックがあり、ディフェンスでもベーシックというコメントに戸惑う。単なる基礎的な話ではなく、フォーメーションなのか?
車椅子バスケット取材初心者の筆者にとって、テレビや新聞、雑誌などで取材を重ねられる記者の皆さんにとっては、それこそベーシックな話題ゆえ誰もそこには触れず、質問するのも憚れる雰囲気が漂う。
取材時間を終えた後、及川ヘッドコーチにご挨拶するとともに、思い切ってベーシックについて確認してみた。
ベーシック=車椅子バスケットにおけるファンダメンタル
リハビリの一環として、普通のバスケの見様見マネから始まった車椅子バスケット。長年に渡り、その基本動作について考えることもなかった。しかし、技術が向上していくにつれ、サイドステップやピック&ロールといったバスケにとっては当たり前の動作が、車椅子では勝手が違うことにぶつかる。
「一つひとつの動きを科学的な根拠に基づいて、車椅子でのバスケットを成立させていくための基本の動き方がベーシックです。1on1から2on2に、そこから3on3につなげていくことや、3on3のオフェンスに対するディフェンスはどう動けば良いかなど、車椅子を使った組み立て方をアメリカ留学中にイリノイ大学のプログラムから学んできました」
Dr.フログリーが提唱する車椅子バスケットの基礎動作を、及川ヘッドコーチは習得。4年前、ロンドンオリンピックへ出場する日本代表チームのアシスタントコーチ時代から、科学的根拠に基づいたオフェンスやディフェンスの動きを浸透させてきた。
「例えばこの角度で守ればどんな選手でも止められるというようなプログラムもあり、その総称がベーシックと言われています。そのベーシックに基づいて戦略を作っています。ベーシックの動きができれば戦略の精度も高くなっていくわけです。つまり、5人でボールをカゴに入れるゲームを、車椅子に乗ってプレイするにはどうすれば良いかを科学的根拠に基づいて考え出されたプログラムのこと」
ベーシックのナゾがようやく明かされた。Dr.フログリーも、当初はNBAやNCAAのアメリカのバスケットの動きを一つのアイディアとして取り入れてきたが壁にぶち当たる。
「それをマネしていくと、車椅子バスケットと通常のバスケの違いに陥ってしまってうまく進まなかった。何度も検証を重ねながらプログラムを作られ、車椅子に乗った状態でスムーズにバスケを成立するための基本の動きが生まれました。相手がこのスペースを通ろうとするならばしっかりそのコースを止めましょう、この空間で守れば相手も通れませんとか、車椅子の幅以内でスペースを埋めれば相手は絶対に通れなくなるわけです。強引に来ればファウルをもらえる。オフェンスであれば車椅子の幅以内でどうプレイするか、逆にディフェンスではいかに車椅子が入って来られないスペースを作るか。そのためにどういう動きをし、どういうターンをするかなど一つひとつの動きがステップであり、動き方につながるわけです」
基本動作を思い出させる魔法の言葉
藤澤選手が練習中に指摘された「ベーシック」について、及川ヘッドコーチはこのように説明してくれた。
「チーム戦略は、選手たちの頭の中にもう入っています。しかし、その戦略ばかりをやろうとしてしまって、これまで積み上げられた一つひとつのキーワードを忘れてしまうことが多い。例えば、(藤澤)潔なんかはいくつかのキーワードとなるベーシックをやらなければいけない選手。それをやらなかったことで、これまでは失点も多かったです。だから、“ベーシック”と言われれば注意点を瞬時に理解し、修正できる。特にシューターなので決めてやろうと思って意気込んでおり、それが入った後のディフェンスの動きであるベーシックが疎かになることがあります。今やるべき動きを選手たちが声を掛け合って、意識させているわけです」
車椅子バスケットでも、やはり日本は世界のライバルと比べれば低く、小さい。そこをカバーするにもベーシックは不可欠である。
「大きい選手が力技で押し切ろうとするプレイに対し、自分たちがディフェンスをしっかり作ることで、高さに対するアドバンテージを少しずつ軽減させることができます。車椅子ではジャンプができないので、大きな選手にインサイドに入られたら確実に失点につながってしまいます。いかに大きな選手をインサイドに行かせずバスケットを成立させるかがディフェンスでは重要となり、そのためにもベーシックが必要です」
車椅子バスケットもオリンピックのバスケットも同じコートサイズであり、リングの高さもボールの大きさも同じだが、車椅子を駆使することで動きはまったく異なる。スムーズにバスケットを展開させるために考案されたのがベーシックであることを理解することができた。
香西選手は、「どこと対戦しても、自分たちのベーシックはまったく変わらない」という言葉に、イリノイ大学から輸入した動作が日本独自にアレンジされていることがわかる。
日本代表はパラリンピックでの目標順位を6位に掲げたのも、これまでの戦績を分析した結果であり、根拠があってのこと。リオパラリンピックへ向けて、一つひとつを理論づけながらベーシックを叩き込んできた及川ジャパンに、さらなる魅力を感じずにはいられない。
6月20日より、秋田県・能代山本スポーツリゾートセンターアリナスで1週間の合宿を行った後、イギリスで行われる「2016コンチネンタルクラッシュ」で腕試しを行いながら強化は続く。
車椅子バスケットボール男子日本代表チーム 内定選手
藤井 新悟(宮城MAX/1.5/G)
石川 丈則(パラ神奈川スポーツクラブ/1.5/G)
豊島 英(宮城MAX/2.0/G)
永田 裕幸(埼玉ライオンズ/2.0/F)
藤澤 潔(埼玉ライオンズ/2.0/SG)
鳥海 連志(佐世保バスケットボールクラブ/2.0/G)
千脇 貢(千葉ホークス/2.5/PF)
香西 宏昭(NO EXCUSE/3.5/G) ※副CAP
村上 直広(伊丹スーパーフェニックス/4.0/SF)
宮島 徹也(富山県車椅子バスケットボールクラブ/4.0/PF)
土子 大輔(千葉ホークス/4.0/C)
藤本 怜央(宮城MAX/4.5/C)